パンタジア本店。
日本のパン「ジャぱん」の完成を目指す3人のパン職人をサポートする
超有名店。
3人は普段からもここに集まり、新作パンの研究をしている。
「焼きたて25」の戦い、東、河内、冠の三人は、ほんの数日のオフの日
にもパンタジア本店に集まっては、次なる敵、課題地、食材の話合いを重
ねていた。
「なっこんな感じで小麦を麦のまま入れてみるといいんじゃ!」
「素晴らしい!小麦になる前の状態なら栄養価もバッチリですねっ!!」
「早ようっ 早よう作っとくれや東!」
次なる課題の『小麦粉』に幾日も時間をかけて話し合ってきたが、ようやく
新作パンの構想が形に近づいて三人共興奮を隠せない。
河内にいたってはヨダレまで出ている。
いつも考えがまとまったら早速試作品を作るのだ。
何回も試作品を作り、河内のリアクションの反応を見ながら完成品を目指す
のが三人の最近のスタイルになってきていた。
河内は真っ先にうまいパンが食えると、この試作が一番の楽しみなのだ。
「よし!じゃあ早速準備じゃな!」
「そうですね!」
「よっしゃぁぁ!!」じゅるり
ボーン ボーン ボーン〜
「あっ、もう夕方の6時じゃ。帰る時間じゃぁ。」
「そうですね。もう帰らないと。」
スカッ
「なっ何やねんお前等っ!丁度のってきたとこやなかっ! 一発パン作って
かんのかい!?」
「何って今から作業を始めたら本当に夜中になってしまいます。片付けも考
えると今日は解散にしましょう。」
「俺も7時から『銀魂』が始まっちゃうからな、帰りたいんじゃ。」
・・・・;
「そないなっお前等天才やろ!マッハで作ろうやないかい!冠も、片付けなら
本店に住んどるワイが全部やったるからな。なっ。なっ!」
「まぁ 河内さんがそこまでおっしゃるなら僕はかまいませんが〜。」
チロ っと冠は東の顔をうかがう。
「駄目じゃぁ! 『銀魂』が見れないのは嫌じゃぁ。」
「東。」ポンと河内は東の肩に両手を置いた。
「これは試合やし、勝負なんや。ワイ達は1回でも負けられない。そうやろ?」
「う〜〜」
「まあ 『金玉』ならワイのをいくらでも見せたるさかい。」カチャカチャ
「やめて下さいっ;」スパン(スリッパの音)
「(?)・・・うっうん。・・・負けたくないんじゃ。わかったんじゃ!」
「よっしゃぁぁ!マッハで準備するでぇ!」
場所を工房へ移した三人は、課題の小麦粉をもって作業をはじめていた。
「う〜ん。変じゃよな〜〜。」
課題の小麦粉を開け、掌に乗せた東の手が止まっている。
「なぁ冠ィー。何かこの小麦粉さっきと違って変なんじゃ。何か重い・・・」
「はぁ?小麦粉が重いのはあたり前とちゃうか?」
「何です?」
冠は東の手を除き見た。
僕にはいたって変わりなく見えますが。 でも『重い』・・・
「はっ!まさかっこれは!!」
ダッっと冠は工房の窓に向かって走った。
全ての窓に引かれていたカーテンの一つに手をかける。
夕日の差し込みが眩しい為、この時間には皆カーテンを引いてしまうのだ。
シャーー!
「やっぱり・・・」
「なんでやぁぁ〜パン作ろうやぁぁ〜。」
「そうじゃ冠。なんでやめにするんじゃ?」
「しょうがないですよ。この『スーパー小麦粉』は気温、湿度にとっても敏感
なんです。その為2週間も期間を与えられ、その後天候のあった日が試合日と
なってる。難しい課題なんです。」
「わざわざ雨の日に試作品を作るなんてもったいないですよ。」
外は雨が音を立て始めていた・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あいつらホンマにワイに片付け押し付けよって。」
河内は約束どおり一人でお片付け。
だが、もともと二人を夜遅くまで付き合わせるつもりはなかった。
あいつら一人で夜道を歩かせたらホンマにシャレにならん事になりそうだしな。
はっははは・・・;;
一週間前、『地下冷蔵庫事件』が起ってから河内は自分の目が変わっていってる
事に気づいていた。
何か・・・気にしてしまう。特に東。
初めて会った頃は、ライバルで、同僚で、そして今は仲間だ。
せやけど・・・何か・・・
何か他の・・・見てると何やギュウ〜っとこみ上げるものがあるような・・・;
何やろな〜;
「河内さんお疲れ様です。」
冠がひょっこり工房に顔を出した。私服に着替えも済ませ、帰る準備が出来た様だ。
「ああ、お疲れさん。もうええから早よう帰れや。ホンマに暗なるで。」
河内はシッシッと手ぶりを振った。
「大丈夫です。雨ですし、迎えに来てもらいますからv」
「ああ〜 おぼっちゃまはちゃうわな。黒塗りベンツ横づけかい。」
「ふふ。それより河内さんチャンス到来ですよ!東くんテレビを見てから帰るって
言ってましたから。」
「ほー 東は何のテレビを見るんや?」
「違いますって!要点はソコじゃありません!!」
河内は胸に右手チョップをくらわされた。
なんやねん・・・
「夜の一人歩きはとっても危険です!ここは河内さんが家まで送るのですよっ!!
無理なく二人っきりになれるチャンスじゃないですか!」
「・・・・。」
はっきり分かったのだが、冠はどうやらワイが東をアレやと思っとるらしい・・・
確かに、女の子みたいな所はあるかもしれんが、それは無いやろ!
確かに、女の子みたいにカワエエかもしれんが、さすがにそれは無いやろ;
「あんなあ〜冠くん。もう何度も言うけどな〜。」
プァップァーー!
外から車のクラクションが聞こえた
「あっ先輩が来ちゃった!じゃあ河内さん頑張ってくださいね〜v」
冠はさっそうと帰っていった。
だから、何を頑張るっちゅうねん・・・;
だがその時・・・
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ザーーーザーーー
「すっげぇ雷じゃったな!カッコイイんじゃぁ!!」
外の雨は降りはじめより明らかに強くなり、雷まで鳴り始めた。
やっぱり、冠に送ってもらった方がよかったかな・・・
人の世話になる事に気がひけて、東は冠の誘いを断ってしまっていた。
テレビを見て帰ると言ったのもそんな理由からだ。
それでも30分の番組を見終わり、そろそろ帰ろうかとの所で
突然の雷。
ピカッーー!
「うっわっ・・またっ!」
しかも、鳴り止まない。
バタバタバタ バンッ!
「東っ!いるんかい!?」
「河内。どうしたんじゃ?」
河内は血相を変えて事務室に飛び込んで来た。
何事か?
「着替えはすんだな。なら行くぞ!」
「(?)っわ・・どこへ行くんじゃ?」
ぐいっと手を引っ張られる。ずるずる、ずるずる。
「ワイの部屋や。東は今夜はワイの部屋に泊まるんやでな!」
・・・・・;
「はっ? なっなんじゃぁ!」
ずるずる、ずるずる。
「さっ早よう入れや。」
「うっおじゃまします。じゃ。」
なんで!?どうして!?と東の頭はぐるぐるだ。
引っ張られるまま、河内の部屋まで来てしまった東。
「適当に腰掛けてな。今茶煎れるさかい。」
「うっうん・・・」
すげぇ広い部屋じゃな。
河内は毎日ここで生活してるんじゃな。俺の所とは大違いじゃ。
南東京支店の下宿部屋じゃあ、布団2枚ひいたら部屋いっぱいに
なっちゃうし・・・
この部屋はベットがあっても全然広い。。ってベット・・・て、
・・・・ベットぉぉぉ・・・;;
「おっ何や東。立ってないで座らんかい。」
「かっかかか河内ぃぃ・・・」
「何や?ほれ茶。」
「泊まるっておっおお俺はどこで寝ればいいんじゃ・・・;」
「どこってホレ。」指をさす。
キャー!
「何やねん?」
「だって、だって今までそんな風に寝た事なかったんじゃっ!」
「はあ?いつも一緒に寝てたやろ?」
ぱくぱく
一緒に寝ると一緒の布団で寝るのは 全然まったくっ意味が違う;;
河内と同じ布団の中で寝るなんて・・・
無理じゃ!
無理 無理 無理 無理 無理 無理っ!ム・りッ!!
はぁ〜
「ややっぱり俺帰るよ。っと、雨も雷もそのうち止むじゃと思うし;」
早くこの部屋から脱け出したい。
河内の顔が見れない。自分がどんな顔しているのかも。
焦る。
早くっ!
「あかん。東!」
「!っ・・・。」
あと一歩でドアのぶに手がかかる所だったのだ。
だが、後ろから抱きしめられてた。河内に・・・
どきどき・・・どきどき・・・・
聞こえる。
東の心臓の音だ。
「・・・・っ。」
すまん。ワイがおかしいんや。
すまん。すまん。だけど頼む。今回だけや。
『PPPP・・・』
ハッ
「か河内・・電話が鳴ってるんじゃ・・」
「ああ。っしょっと・・」
河内はそのまま片手で東を抱き上げてしまった。
「きゃっなななな何じゃ?!」
「すまん。手を放したら東が逃げてしまいそうでな。」
「っう・・・;」
「もしもし。ああ、ああこっちでも鳴ってる。・・・・そうか
よかった。・・・・大丈夫や。お母ちゃんに替わってな。」
「?・・・・・。」
パチン。河内は5分程話すと電話を切った。
「河内・・・」
「すまん。今回だけや。今夜だけワイと一緒にいてくれんか。」
「・・・・。」
雨はやみそうにない。
あんな風に頼まれたら『うん。』しか言えなくなってしまった。
東は河内にパジャマを上下借りて着替えた。
晩ご飯には何だか物凄い豪華なまかないが出てきたけど、あんまり
喉を通らなかった。
俺、どうせだったら河内のご飯が食べたかったな・・・
泊まるんじゃなくて、河内が戻ってくればいいのに・・・
『今回だけや。今夜だけ・・・』
もう、フランス留学に行く予定もない。
焼きたて25で行く旅館には冠も一緒だから・・河内とだけは本当に
今日だけなんだ。
なんで・・・ずっと考えないようにしてたのに・・・
急に思い知らされる。
ーーーーずっと一緒なんてありえないって事ーーーーー
今は『焼きたて25』の試合があるからこうしてちょくちょく会えるけど、
それが無くなってしまったら・・・・考えたくなかったのに。
目を上げれば河内が視界に入ってくる。
この部屋一つなら河内だけ見ててもおかしくならない。
河内も自分だけを見ていてくれている様に感じた。
「なあ東、もっとこっちへこんかい。」
ぐいっ
「わ!」
ベットの中。もっと近くへと引き寄せられる。
うわぁぁ・・・・;
「河内・・こっここここれじゃ寝らんねぇよ;;」
ぎゅううう「・・・・。」
「?河内・・っわっ!また雷じゃ。っきゃああ?」
「東っ。」
後ろから苦しいくらいに抱きしめられた。
「東。東顔を見せとくれ。なっ。」
えっえっ・・・;
両手で顔を覗きこまれた。
一息の距離に河内の顔を感じた。
「東、東・・・大丈夫か?」
「?」
「んっ・・・河内・・もしかして雷怖いのか・・?」
「・・・;;うっ;」
また光った。
雨はやまない。
小学生の時。
ほんの30分程度だと妹を家に一人にしてしまった。
暗い雨の日。
妹はまだ3つだった。
ドアに手を触れると耳に飛び込んできた音。
自分を呼び泣き叫ぶ声に、激しい雨音、雷。
トラウマになったのはワイの方やった。
ガバリッ
「なぁんじゃ。それならそうと早く言ってくれればいいのに。」
東はなんだと布団から起き上がった。
最初から訳を言ってくれれば、ぐるぐる考える事もなかったのに。
素直に喜べたのに・・・
「ちゃうねんっ。雷は怖ないねん!わっワイのはなぁ・・・〜。」
「じゃ何じゃ?」
「おはようございまーす!今日も元気にがんばりましょーー。」
「おはよ〜冠・・ふぁ〜ぁぁ。」
「おや東くん。早いですね。」
冠は珍しく朝一番に東の姿が見えたので不思議がった。
そして、珍しく河内の姿が見えない。
「河内はまだ部屋で寝てる。と思う。たぶん。」
「河内さんが寝坊なんて、何かあったのでしょうか?」
・・・・・。
「泊まったぁ!河内さんの部屋にですか?!」
「うん。」
「まっまあ・・・;お二人共意外と大胆だったのですね・・はは;;。」
「うん。それでな。俺、河内と寝ちゃったんじゃけど・・・」
「寝たぁあああっ!!」
「(?)うん。」
「すっすみません;少し驚いてしまって;;僕もお二人の事を応援しては
いましたが、まっまさか・・こんなに早くとは・・・」
「俺もちょっと驚いたんじゃ。」
「はっはははは;;」
「それでな。あのな、河内な。俺のことが妹みたいなんじゃってっv」
「−−−−−−−−−−−。」
「そんなこと言われてもなぁv俺なぁ〜・・ってあれ?冠?」
「冠?」
「東さん。冠さんなら、今ものすごいダッシュで廊下を走っていかれましたわ。」
「えっ; どうしたんじゃろ?」
「さあ?何のお話でしたの?」
「あのな。昨日な。俺な・・・」
(くりかえし)
「東。もっと顔をよく見せてくれ。」
東は頬に河内の大きな手を感じた。
「河内〜・・・俺これじゃぁ寝らんねぇよ。」
「ああ。せやな、ワイも寝れそうにないわ。」
頬をなでる。
髪もなでてみる。
河内はその夜ずっと、東が寝入るまでそうしていた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「雷を見たら東の顔が浮かんで〜、どうにもいられんかったんや。
妹意外にこんなんなったこと無いんやでっ。」
「怒るなよ;せやからワイはお前の事妹みたいに感じとったのかもしれん。」
「東はかわいいからなぁ〜。はっはははは;;」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
恥かしい事を言われた。
苦しい事も。
東はその夜、河内の腕の中で寝息を立てた。
「じゃぁ俺。今度雷鳴った時は、また河内の所に行くよ。」
「はは;さよか。それはそれでどうなんやろうな〜;」
だけど、でも、嬉しい事だと気づいてしまった。
二人。
雨はずっとやまない。
それを願った。
おわり