ーー 誘惑 6 ーー



朝になると雪男は無意識に目を覚ました。
窓の外に目をやり、太陽の位置で大方の時間を確認すると隣で小さな寝息をたてる燐を見つめる。
「・・・兄さん、兄さん、起きて、シャワー浴びないと。」
「んあ・・・」
燐は雪男の呼びかけにうっすらと目を開いた。すると真横に雪男の顔がある。雪男に横から腕を伸ばされ包まれていた。
「あ・・・」
「おはよう。身体は大丈夫?」
「うん・・・なん時だ?お前・・・仕事は?」
燐は少し顔を上げ、ぼんやりとした頭で日常を思い浮かべる。
「今日は普通に登校するよ。ねえ、朝ごはん作ってよ。久しぶりにちゃんとした朝食食べたい。」
「おっ!そうか!じゃあ弁当と一緒にすぐ作るな。」
雪男の頼みにパッっと目が覚めた燐は急げと布団から身体を起こした。
雪男もそれに合わせて体を起こす。

「!!あ!」
が、燐は突如身体を硬直させて固まった。表情までも。
「何?」
気づいた雪男が不穏な声を掛ける。
「な、なんかケツが・・・へんだ・・気持ち悪りぃ。」
燐がもじもじと腰をくねらせると。雪男はその誘うように動く太ももを自然と撫でていた。
「何で?・・・あ!わあっ!?」
雪男は飛び起きると慌てて腕を伸ばして机に乗っているティッシュ箱を掴む。数枚を引き抜くと燐の腰を抱えて尻に充てた。
「え、なっ・・・」
「ごめん。そうか、そのままにしちゃったから。」
ティッシュでぐりぐりと拭かれた。
「これって、雪男の、アレか?!」
「・・・歩け、ないかな?よし、」
雪男は燐を抱き上げると身なりもそのままに部屋を出た。
「わあっ!雪男!?」
燐は雪男が何処に向かっているのか分かった。旧男子寮は燐と雪男の二人きりで生活している。
燐は改めて二人きりで良かったと胸を撫で下ろした。


こんな恥ずかしい格好誰にも見せられない。
こんな・・・嬉しい!俺、今きっと変な顔してる・・・!


それから二人浴場に入ると雪男に身体中を洗い流された。
嫌がる事も出来ずにあっという間に流し終えられると、躊躇う暇も無く雪男の指に後方を突き入れろられた。
そのまま残りを集め出すように掻き回される。
「んあっ!?や!いいって!!・・・んっ!」
「もうちょっと我慢して。ちゃんと綺麗にしないと。」
「なった!もうなったってっば!もういいよぉ・・・!?」
座椅子に腰かけた雪男を股がるように座らさせた燐はどうする事も出来ずに雪男の背に腕を回してしがみついた。
「うん。兄さん可愛いね。」
「ちょ、なっ!」
明るい場所での雪男の全裸を見るのは小学校以来で、燐はその逞しい胸板にドキマギした。
腕力なら明らかに自分の方が強いのに。今は雪男に力でも敵わないのではと錯覚した。

悪魔は自身の心で身体が変化する。


俺・・・
きっと悪魔になる前から無意識に雪男より小さくなりたいと思っていたんだ。
いつか、こういう風に抱きしめてもらいたいと思ってたんだ。
やっと叶った・・・
でももう終わりだけどな・・・


燐は名残惜しくてもう一度強くしがみついた。頬を肩に当てて雪男の鼓動を感じようとした。
「雪男・・・、?・・・ん?、あっ!」
すると。燐の股下の間を熱く、強く押し上げる物を感じる。敏感な部分に押し当てられて燐の身体は反射的にビクつき、
色味のある声を上げた。
「っ・・・んぅ・・」
そんな事を起こす物は1つしかなく燐は思わず股間を覗き見る。だが、自身の身体で目的の物を見る事は出来ない。
「雪男!これってさ!」
「・・・・」
見上げると罰の悪そうな顔が横を向いて無言だった。
燐は笑みがこぼれる。瞬時に胸の奥が薔薇色に染まるのを感じた。喜びが押さえられずに涙として溢れ出そうなのを堪えた。

「あ、もっかいするか?」
「・・・なっ!!しないよっ!これは朝の生理現象だって。」
「あ・・・そう、か・・・じゃ、じゃあ俺出るなっ!」
燐は足に力を入れて立ち上がり、しがみついていた雪男から身体を放す。
喜びで溢れそうだった涙が悲しみに姿を変える。早く出て行かないと堪えきれない涙が雪男の前で零れてしまいそうだった。
脱衣所に向かって歩き出そうとすると
「・・・待って。」
すると雪男に腕を掴まれ動きを止められる。燐が振り返れば立ち上がり真剣な顔が顔面を上から直視して来た。
「してもいいのか?」
「あ、・・・うん。今からか?」
「違うって。その、例えば今夜とか、明日とか、」
「あ!いいよ!雪男がしたくなったらいつだって!」
胸に歓喜の渦が巻いた!燐はもう止められない想いに思わず雪男に飛び付いていた。
雪男もまた燐を受け止めてくれた。が、いかんせん腰の重みに堪えきれずに燐の両肩を掴んで放す。
「分かった。それは良かった。じゃあまた今度しよう。」
「真面目な奴だな。俺は良いって言ってんのに。」
「馬鹿か!朝から何考えてるんだ!」
「勃ったのは雪男だろう?」
お互い顔を見合わせて吹き出した。自然と笑みがこぼれる。
「俺、朝飯作ってるわ。」
「ああ、悪い。」
「食べたいって言えよ。」
「・・・食べたい。本当は今すぐ兄さんも食べたい。」
「!へ?」
「なんてね。」
「っあ!、おまっ・・・」
さらりと飛び出た雪男の言葉に燐の身体が硬直する。次に出す言葉が思い浮かばない。
「早く朝ご飯作ってよ。それでも早く出たいんだ。」
「っ!直ぐ来いよ!」

燐は風呂場を飛び出ると、トランクス一枚で廊下を駆け上がる。部屋で着替えを済ませばまた走って食堂に入った。
心臓の音が止まらない。顔に力を入れても自然とにやけてしまう。目尻が熱く成る程に嬉しかった。
震える手を抑えながらも朝食を作った。食パン焼いて簡単にスクランブルエッグ。

ソーセージも焼こう!弁当も作って!だけど雪男が風呂から上がって来たら一緒に食べるんだ!
そしたら弁当は後にする!
雪男と一緒に食べて、雪男が出るのを見送って!

雪男と!
雪男と!


燐は笑顔のままフライパンを振り続けた。

「朝ご飯は食べれるかな?」
「うわっ!!」
後ろから声を掛けられ燐は驚いて振り向く。
食堂に入って来た雪男は既に制服にネクタイも絞めていて、手には鞄とコートを抱えていた。
「あ、もう出るのか?早いな。」
雪男はテーブルに着くと用意されていた食事に手を合わせる。
その動作を見た燐も慌てて向かいに座った。
「ああ、思い出した仕事があってね。ごめん食べたら先行くよ。」
「そりゃ良いけどよ。」
「うん。いただきます。」 
顔を合わせれば雪男と目が合った。にこりと笑う雪男に燐はまたまた顔が熱くなった。




雪男を送り出し、燐も遅れて学校に入る。
授業中も燐の頭は上の空だ。ペンを止めると雪男の顔が浮かぶ。その姿は全て優しい笑顔だった。
朝あれだけ顔を合わせたのに、早く会いたかった。

午前の授業最後のチャイムが鳴る。
燐は二人分の弁当を掴んで立ち上がった。
雪男の教室は特進科な為距離があったが、燐は逸る気持ちを抑えて教室から走り出そうとした。
その時、燐の名を呼ぶ声が掛かる。担任だった。


「すみません。あの、兄を呼んでもらえますか?」
雪男は珍しく燐の教室を尋ねると近くの女子に声を掛けた。燐を呼ぶよう頼まれた女子は大きく硬直して頬を染めている。
「おっ奥村くん?!え、えっと、授業終わったらすぐ出てったけど・・・」
「あれ?擦れ違ったのかな?」
雪男は燐の教室から自身の教室へと続く廊下を眺めた。
昼休みに入った廊下は多くの生徒達が歩き交わす。賑わう風景に然程気にも止めず対応した女子に礼を言うとその後を追った。





「何だよ!急に呼び出して!飯の時間が終わっちまうだろう!?メフィスト!!」
燐は担任の指示のまま理事長室を訪ねた。手には二人分の弁当を抱えて。
メフィストは奥のデスクに座ったまま、その弁当をわざとらしく見ると視線だけ上げて燐を見やった。
その顔は誰が見ても苛立つ程に不適な笑みを浮かべている。
「急な仕事が入りましてね。お昼はそのままに貴方にはこのまま現場に向かって頂きます。」
「はっ?昨日はもうそうそう無いって言っただろ?!」
「ですから、急になんです。奥村先生の代役はそこにいるネイガウスにしました。
 全く知らぬ男より貴方も顔見知りの方が安心でしょう?それに男前だ。」
メフィストはニヤニヤといやらしい笑顔を浮かべ、燐に仕事場での行為を思い出させる。
「!」
驚いた燐が勢い良く振り向くと、後ろには本当に教師のネイガウスが立っていた。
燐と目があっても何も喋る事も無く、覚えのある無表情がメフィストへと視線を戻した。
「ネイガウスは私の忠実な部下です。必要な任務を必要なだけ遂行してくれる。余計な事はしないし、何より口が固い。信頼出来ます。」
「っ!ちょ、ちょっと待ってくれ!?今すぐ雪男を呼んで来る!今朝雪男と話したんだ!」
「ああ、奥村先生はむしろ呼ばない方が良いですよ。今回は事情がありましてね。復活の悪魔が極端に弱っているのです。」
「は?!」
「自力ではエネルギーを集められない。直接の供給が必要なのです。」
「直接って・・・!」
「その悪魔に直接欲望のエネルギーを与えて頂きます。ネイガウスは事に応じて介助させます。」
「!」
「事前に確認しましたが、幸い人型に近い悪魔です。身体の負担もそう無いでしょう。」
「ちょ・・・」
「男ですし、どうってこと無いですよね。」
メフィストはただ冷静に微笑んで、ゆっくりとした口調で燐に伝える。

「・・・いっ今から行くなら、俺、寮に戻って準備しねぇと・・・」
「ああ、その必要はありません。事は緊急を要していましてね。ここに鍵を。」
いつの間にかメフィストは片手に鍵を持ち、見える様にと横に上げる。
燐の頭が混乱する。
想像が上手く出来ず、見えない恐怖に足が一歩下がった。
すると真後ろにいたネイガウスに両肩をガッシリと掴まれそれ以上下がれなくなる。
振り向くと再度ネイガウスと目が合った。
「嫌だよ・・・そんなの。それはねぇだろ?」
「私に言うな。知らん!」
「っう!!」
「もう良いですよ。ネイガウス、引き摺ってでも連れて行きなさい!」
メフィストが大きく背を反らし、背凭れに体を押し付けるのを合図にネイガウスが動いた。
燐の腕を強引に掴み引っ張る。足に力を入れて踏みとどまろうとする燐の身体を長身が吊り上げた。
勢いよく二つの弁当が絨毯に落ちるがそれを構う者はいなかった。
「や、止めっ!止めてくれっ!?嫌だ!嫌だってっ!!」
「もう観念しろ。暴れれば酷い目になる。」
じたばたと暴れる燐を一旦降ろすと引き摺ってドアに向かった。
「助けてくれっ!嫌だっ!っあ!!」
「大人しくしろ!」
「や、嫌だぁぁああ!!ゆ、雪男ぉっ!」

二人の攻防を見守りながらメフィストはデスク上から軽く手を振った。
「・・・奥村君はメンタル面が弱すぎる。貴方の腕力ならここを振り切って逃げ出す事は簡単でしょうに。」

ドアが閉じられた。








「兄さん?」
雪男は自分の教室と燐の教室を2往復し、流石におかしいとその場に立ち止まった。
急な用事が起こる事はありえない。昼間は勉学に励む為に極力兄には構わないでくれと祓魔塾には伝えてある。
緊急であれば、まず自分に連絡が入るはずだ。
「・・・・」
嫌な予感がする。
こんな時間に自分を介さず、燐に接触する権力のある人物は数人しか思い当たれない。
「!」
雪男は走り出した。学園では優等生で通している雪男の全力疾走は擦れ違う生徒にどよめきを沸かせる。
そのギャップに歓び騒ぐ女子達もいた。



「失礼します!フェレス卿!!」
理事長室をつき開ければ、メフィストは奥のデスクから立ち上がり窓の景色を眺めていた。
「はあっ!はあ・・・突然すみません。兄がこちらに来ませんでしたか?」

「・・・・遅かったですね。わざわざ気付き易いよう昼休みを選びましたのに。貴方は本当に鈍いらしい。」
背を向けていたメフィストはゆっくりと体を雪男へと向けた。
「なん、ですか?」
「奥村君には新しい任務に出てもらいました。貴方の代わりにネイガウスが付き添っています。」
「っ!なっ!?もう仕事は受けないのでは無かったのですかっ?!それに、ネイガウス先生って、あ・・兄は?そんなわけ、」
「ええ、暴れて大変でした。せっかくのお弁当も落として行きましたよ。」
メフィストはデスクの上にある少し包みが崩れた弁当箱に手を添えた。

「っ!!何故僕に連絡くださらなかったのですかっ?!直ぐに向かいます。場所を教えてください!」
弁当箱を捉えると雪男の表情は途端に硬く強張る。声を張って言い放った。
「それはぁ・・・よした方が良いですよ。」
「はっ!」
「貴方をこの任務から外したのは奥村君の希望でした。私はそれを叶えただけです。
 愛する貴方との混沌とした関係に堪えられなかったのでしょう。」
「!」
対するメフィストは感情の読めない顔をして、それでいて火のように強い瞳が雪男の憤りを跳ね返す。
メフィストの言葉と気迫に雪男は動揺を表した。ただメフィストのゆったりとした優雅な身振りに視線で追いかける。
「私は奥村君が可愛いのです。喜びも悲しみも、苦しみも・・・そして絶望もこの手で与えたい。あの子の成長を見てみたいのです。」
「ちょっと待ってください。一体・・・話が見えない!」
「じきに奥村君が帰って来ます。一生懸命何事も無かったかのように振る舞うでしょう。貴方も何も気付かないふりをしてください。
 愛する貴方の元に知らぬ男から抱かれて帰って来るのです。可哀想でしょう?」

「あ、愛するって・・・」
「奥村君は貴方を愛しているのですよ。最初からね。私は悪魔ではありますが、鬼ではありません。
 私は最初から奥村君の望みを叶えてきただけです。」
「・・・・」
「誰かを愛する悪魔は希有な存在です。悪魔は誰も愛さない。自分自身以外は誰もね。だから独身者が多いのです。
 同性愛者という訳ではありません。まあ、考えの上で結婚をする者もいますがね。」

メフィストはゆっくりと一歩前に進む。
「奥村君は、二卵性ではありますが奇跡的に双子として生まれて来た。自分の片割れである貴方を愛するのは極自然な事なのです。」
そしてまた一歩。
「っ・・・・!」
「そして私はこう考えます。それは貴方にも言える事ではないかと・・・」
「奥村先生?私は最初の任務の時、奥村君がどうしても嫌がれば引き返して来て構わないと言いました。
 それは貴方に対してでもあったのです。」
「・・・・・・・・・・・・」
小さく呼吸を繰り返し悪魔の話を聞き入れながら、雪男はこの数週間の出来事を振り返っていた。
仕事に関する事は全て記憶に留めるようにしている。雪男の頭の中には燐との行動に、交わした会話、そして情事も全て覚えている。
「ですが、お二人はきっちり事を済ませて帰って来た。先生?この任務の話をした時、直ぐ様立候補されたのは何故でしょう?・・・」
メフィストは足を進めると完全にデスクの前に立って雪男を真っ直ぐに見降ろした。

「もっと言った方が良いですか?」

メフィストは何処からともなく鍵を手に雪男の目の前に晒した。
「奥村君はこの鍵の奥にいます。この鍵が欲しいのならば私に誓いなさい。」
「私は奥村君の後見人です。私だけがあの子の最後を見届ける事が出来る。この意味は解りますか?」
「・・・・っく!」
「貴方の残り数十年の一生を全てあの子に捧げると誓うのです。さあ!」


「・・・さあっっ!!!」
強烈な悪魔の凄みが雪男を威圧する。普通の人間なら会話も頭に入らない程の力を放っていた。
雪男は表情こそ歪めたものの脅しかける悪魔に対抗した。
「そんなこと・・・既に決まっている。僕は!!」

雪男の言葉を聞き終えると、メフィストはやっと柔らかく口元を緩めた。







「兄さんっ!!」
雪男が鍵の奥に飛び込むと、そこは窓の無い壁に一台のベッドと簡単なテーブルと椅子。
そして全身鏡とクロークが必要程度に置いてある部屋だった。
雪男には見覚えがある。戦闘を終えたばかりの一般の祓魔師の休息用の部屋だった。
ネイガウスは椅子に腰掛け雪男の乱入を待っていたという顔をした。
奥のベッドを見れば回りに服が散乱した中で燐が身を縮めてシーツを被り小さく震えていた。

「まさかっ!ネイガウスっ!貴様ぁ!?」
雪男は踵を返すと瞬時にネイガウスへ銃口を向ける。
「待て!私は命令以外はしてはいない。服を脱がせてそこへ転がしただけだ。」
「それだけ、っ!兄さんっ!!」
雪男は燐の元に駆け寄ると背を撫でながら顔を覗き込んだ。
口に手を当て、涙を流し続ける燐が雪男に顔を上げた。
「ゆきお・・・」
「兄さんっ!フェレス卿と話は済んだ。もうこんな仕事はしなくて良いんだ!直ぐ帰ろう!?」
「しなくて良いのか・・・?」
燐は雪男を確認するとゆっくりと身体を起こす。
「ああ、終わったんだ!」
二人のやり取りを横目にネイガウスが部屋から出て行った。
雪男はそれを確認すると燐の頬を持ち上げる。無理にでも顔を合わせた。
「俺・・・こわっ、かっ・・・!」
「ごめん。遅くなって・・・」
「うあっ・・・ああ!」
燐の瞳から真新しい涙が零れる。雪男は宙をかく燐の手を取り抱き締めた。
「雪男、雪男ぉ。」
「ごめん。ごめんね・・・僕がもっと早く気付いていれば。いや、違う!もっと、もっと早くっ!気付いてればっ」
更に強く抱きしめると燐もおずおずと雪男の制服を掴む。
「雪男、俺っ!!・・・うあっ!!っあ!」
次々に零れる涙が雪男の制服を濡らした。雪男は堪らずに燐の頭を掴んでその顔を自分の胸へと押し当てた。
「兄さん。僕は鉄頭の馬鹿だ!兄さんの本当の気持ちには何も気付けなかった・・・今もまだ信じられない。」
「っ!う・・・気持ち・・・」
顔を動かす燐に雪男は腕の力を緩めて、二人視線を交わす。
「だから教えてくれないか?兄さんの本当に好きな人を。」
雪男は燐の長い前髪を梳くと零れる涙を指で拭って聞いた。 
「・・・・俺は・・・ゆっ雪男が、好き・・・だ。一番・・・雪男が・・・」
「うん。いつから?」

「そんなの、わかんねぇよ!ずっと、ずっと前からっぁ!?」
燐は雪男にしがみついて子供のように喚く顔を晒す。
「うん。僕も、ずっと前から兄さんが好きだ。」
「あ・・・ウソだ・・・」
「嘘じゃないよ。嘘じゃない!僕には兄さんだけだ・・・!!」

二人勢い良く抱きしめ合った。尋ねるでもなく互いに唇を合わせる。
貪るように吸い合い、目を合わせ、繰り返す。
何度も何度も・・・










理事長室のドアが開いた。
「まったく、手の込んだ事をする。」
「貴方だって面白がっていたではないですか?」
「ふん!」
ネイガウスはメフィストの部屋に鍵を使って入ると呆れたと口を開いた。
「しょうがないでしょう?あの二人、ほっといていたら兄弟二人幸せ〜とか言って、そのまま一生を終えてしまそうですから。」
メフィストはデスクに座り紅茶のカップを口に含むと手近にある二つの弁当箱を軽く叩いた。
ネイガウスもそれに視線を向けると無表情の顔が一瞬綻ぶ。

「せっかく・・・身体と心が揃っているのに使わないなんて勿体ない。」
窓の外を眺めれば、明るい午後の日差しが学園を照らしている。遠く続く空は永遠の様でて果てがない。



奥村君・・・

一生に残る思い出を作りましょう!
飽きる程言葉を交わし、腐る程セックスをして、
うんと、うんと愛されておきなさい。

いずれ来る別れの時を
貴方が笑って彼を見送る為に・・・
喜びも悲しみも苦しみも、そして絶望を全て

私はその笑顔が見たい・・・・




誘惑・・・・









燐はもう一度ベッドの上へ身を沈めた。服を脱ぎ捨てた雪男もまた燐の上へと覆いかぶさる。
頭からシーツを被って二人隠れながらキスを交わした。
ふと雪男はそのシーツの肌触りの良さに動きが止まる。一般の祓魔師の休息室にしては上等過ぎるシーツに体を起こして確認する。
「雪男?なんだよぉ〜」
「うん。」
全て用意されていた。最初のホテルから最後はここへ来るように・・・
「うわっ、恥ずかしいな。」
「何が?なあっ!雪男っ!」
雪男が視線を上げれば、そこには純白のシーツに身を包んだ燐が両手を広げて雪男をねだっている。
笑う笑顔が輝いて見えた。
「誓うよ・・・」
雪男は体を傾けると大人しく燐の両腕に捕まる。
「だから何が?」

「好きだよ兄さん。愛してるよ。」
「あっ・・・俺も!俺もあ・・い、してる。」
「あはは!」



好きだよ。愛してる。

























おわり
「誘惑1」
「誘惑2」
「誘惑3」
「誘惑4」
「誘惑5」

★ここまで読んでくださりありがとうございました。

ちょっと違ったエ○いのをやってみたい!と思って考えました。
感想のお言葉をもらえたので嬉しかったです。

H24.5. 蜜星ルネ  


6話のイメージイラストも作りました。




小説TOP TOP