ーー 悪魔のお嫁入り 6 ーー



重いドアノブを回して部屋に入る。
「おかえりー!りん!おなかすいたぞー」
クロがいつも通りに喜んで俺を迎えてくれたが、俺はいつも通りに顔を向ける事が出来ない。
変な顔になったままだ……
「ああ、ただいま」
「ん?どうかしたのか?ゆきおに、おこられたのか?」
俺の表情に気づいたクロが心配そうに見上げてくる。
「悪りぃクロ。飯は何か適当に食べてくんねぇ?何か作る気なくってさ」
「ええー!りんどっかわるいのか?だいじょうぶかっ!」
「そんなんじゃないけど、何となくやる気無くって……」

何もする気が起きない。
雪男はあの重く厚い門を数人の祓魔師と一緒に行ってしまった。
俺の処刑の代わりに雪男がヴァチカンで働きながら修行するって、何が何だかさっぱり解らなかった。
だったら何で俺は行かなくていいんだろう?俺の方がパラディンに成れそうなのに……
……シュラにも念のため焔は出すなと言われた。シュラとの修行のしばらくやめる事になった。
俺の事なのに俺は完全に何もすんなって事らしい……

雪男……
雪男は何を考えてんだろう?きっと俺を守る為だって思ってるんだろうけど、ジジイと決めてたとも言ってた。
雪男がパラディン目指してるなら、ヴァチカンで直接修行するのはきっと雪男にとっては
丁度良かった事なのかもしれない。
今までだって毎日仕事、仕事で帰って来んの遅かったし、雪男が帰って来ない日はいっぱいあった。
ちょっとだけ……長い出張に行ったって事にして……
俺達兄弟だからこの先ずっと会えない事なんては無いだろうし、もしかしたら数ヶ月くらいで帰って来るかもしれない。

…………

でもやっぱり、
ちょっと……
すげーショックだ……
飯作る気になんて……食べる気にもなれない。

だから……

「りんは、ごはんたべないのか?」
「ああ、俺、なんか疲れちまったみてぇだ。明日な」
クロにはそう言って布団に潜った。食べ物を探しに食堂に降りて行くクロにちょっと申し訳ない気持ちになる。
飯も食べず、風呂にも入らなかった。そうして布団に包まれてみると身体中の力が抜けてくる。
朝からずっとダルくて走るのにも踏み込む力が入らなかったのを思い出す。
こうなる前、そう昨夜……
雪男は俺の身体を触った。
フリするだけだって言って始まって……
「ん、」

それがスゲー気持ち良くて、もっと触って欲しくなって……
「ふうっ……」
気づいたら自分でシャツのボタンを外していた。露出した肌にシーツが擦れる感触が全身をゾクゾクさせる。
雪男の熱くて大きい手のひらを思い出してた。
肩を触って、腕を撫でてくれた。脇腹を撫で回した後に、
「はあっ、あっ!」

堪らずに自分で乳首触れた。恐くてそっと掠める程度にだけど、
「あ……雪男!」
ピリピリとした感覚の中で股間がジンジンしてくる。
「いやだ……くっ!」
こんな汚い事一人でするなんて嫌だ。雪男が横にいてくれないと嫌だ。
「ふうっ!」
身体を横に向けて手を放した。深呼吸して掛け布団を頭まで被るとやっと落ち着いて来た。
自分がしていた事に驚いた。雪男の事を思い出そうとしただけだったのに。


次の日、それでも雪男が心配するかもしれないと思って俺は学校には普段通りに登校した。
今朝も何か料理する気になれなくて、買い置きのパンをかじってそのままやって来た。
自分の弁当も作る気力が湧かなかった。
「奥村っ!」
下駄箱で上履きに履き替えてると勝呂にデカイ声で呼び掛けられる。
声の張り具合で分かる。雪男の事を話しに来たんだろう。俺は何も言わずに顔だけを背後に回した。
「お前、昨日は何やってたんや!奥村先生朝のホームルームで突然転校の挨拶してっ、」
「うん。知ってる。昨日突然行っちまってさ」
「突然って、お前も知らんかったんやろ?何やそりゃ!」
勝呂は俺の肩を掴んで揺すってくる。デカイ声がうるさく感じた。
「もう行っちまったし、もういいよ」
片手を上げて勝呂の腕を避けると俺は教室に向かって歩き出す。
勝呂がまだ何か後ろで言ってたけど聞きたくなかった。

「お前との事は何やったんやぁ!」
違うよ勝呂。
雪男は俺の処刑を止めさせる為に、俺と結婚してヴァチカンで働く事になったんだ。

全部俺が悪いんだ。
禁止されてたのに焔を使ったから……
処刑にかけられたりしてたから……
俺が悪魔に覚醒しちまったから……

俺がサタンの子だから、雪男、ジジイだって……
もう嫌だ。
雪男までバチカンに行っちまって、これから俺は一人になるのか……

「燐!おいっ!おいっ!?」
「はっ!」
気がついたらシュラが目の前に立ってた。
真っ直ぐ教室に向かった筈なのに、廊下の先は学園の外れまで来ていた。
「紛れ込む為にこんな格好までしたってのに、ここじゃお披露目出来ねぇじゃねーかよ!
 まあ、目立たねぇ方が良いんだけど」
シュラは正十字の制服を着ていて、短いスカートがヒラヒラしていた。お世辞にも可愛いとは言えない。
多分、似合わないと言うより系統が違うって感じだ。
「シュラ!何でこんなとこに?」
「昨日の今日でよ。お前が気になってな、大丈夫かよ?」
「……大丈夫だよ。何だよ、俺なんかより雪男の方がもっと大変だろっ?」
「まーな、雪男の事はあたしも気になってな、結局、上も雪男も何考えてるか分かったもんじゃない!」
シュラは廊下の壁に背もたれながら話始める。
「……ああ」
「でな、今朝あたしもヴァチカンに行って来たんだ」
「ええっ!行けんのかっ!」
「あたしは元々ヴァチカン勤務だったんだよ。許された者は鍵を持ってるんだ。
 まあ、行ったわいいけど雪男には会えなかった」
「……そっか」
「会えなかったっつーより、会わせて貰えなかったって感じだな……」
「そうなのか?やっぱ雪男大変なんだろう?忙しいとか……わかんねぇけど……」
「大変っちゃ、大変だろうが……」
「ああ」
壁に背もたれてたシュラが体を起こして正面に立つ。仁王立ちのポーズ。
「…………なあ、何だ?それ……」
シュラが身を固めた。驚いた顔をして俺の後ろを見つめている。
「何だよ?」
俺もシュラの視線に合わせ後ろを振り向いたが誰もいなかった。
「っ、チィ!」
「えっ!」
振り向いた肩を横切って何かが飛んだ。それは空中に何かに突き刺さったように止まって、床に落ちた。
カシャンと落下音にシュラが何かを攻撃した事がわかる。
「ええっ!シュラ!何だぁこれ、手裏剣?」
俺は落ちた物に駆け寄ってから、投げた本人に顔を向けた。
「手裏剣じゃなくて、くないな。これは……式神だ。日本支部の術者だな」
くないと言うのが突き刺したのは紙切れに習字が書いてあった、神社とかにあるやつみたいな。
「シュラこれってさ?俺の後ろにいたのか?」
紙切れは直ぐにも小さな炎を赤く立てて燃え上がり、シュラの手の平から綺麗に消えた。
シュラは顔を強張らせて手の平を見つめ続けている。
「監視が続いてるって事なのか?ヴァチカンの奴らは昨日雪男と一緒にずらかってたから、
 てっきり終わったと思ってたのに……」
「どういう事だよ……」
その時、廊下の奥から人がやって来たのが分かった。
式神を目の前にしたシュラと俺は慌てて一気に顔を振り向け身構えた。
だけど、こっちに向かって来ていたのは勝呂だった。
勝呂は口をへの字に曲げて訝しげに俺を見ている。
「奥村……やっぱりさっきおうた時に変やと思ったが……奥村、お前の周り、」
「周り?」
言われて俺もシュラも俺の周りを見るが俺には何も見えない。シュラも同じ様に目を空中で泳がせている。
「おい、勝呂!お前はこれが分かるのかっ?」
何も見えないと直ぐにシュラが切り返す。俺も勝呂の視線を追いかけて見るが俺には何も見えなかった。

「……流派が違がうからはっきりとは言えませんが、気配だけは感じます」
「ほぉ〜流石は寺の跡取り!で、勝呂君!これは一体どういうものなんだ?監視カメラみたいなものか?」
「そこまでの術式は組み込まれてはないと思います。俺でも気付くくらいやし、そういった術なら
 術者が常に術言を唱える事になる」
勝呂は腕を伸ばして空を掴む動作をすると、勝呂の手の中にさっきと同じ紙が掴まれていた。
「おっおい!取っちゃっていいのかよ?」
俺はその掴まれた紙を覗き込んで言った。
「式札を壊したりせぇへん限り大丈夫や、壊してまうとその瞬間に壊した者と場所が術者に分かってしまう」
勝呂はひらひらと式札っつーのを見せて俺達に説明した。
「スゲーなそれ、そんな事出来るのか?」
「壊した瞬間だと?やべーな、今のは謝れば済むもんか?」
俺もシュラもまじまじと勝呂の手の中を覗き込んだ。
「……多分奥村が炎を出した瞬間に衝撃で壊れるようになってると思います」
「炎はもう使わねぇよ!」
「信用ないっつー事か?確かにおとついのお前からは何も感じなかったが……」
「ヴァチカンの連中は昨日雪男と一緒に引き上げた。恐らく日本支部が引き継いだって事だろうけど……
 にしても厳重だな、お前が炎を使って戦う時は誰かが見てるだろうし……」
「監視にしては軽くないですか?この術だと、専門者じゃなくたって……それこそ注意すれば
 志摩だって分かるわ。もっと気付かない厳重な術が他にある筈です」
シュラは腰に両手をあてて大きく息を吐いた。
「ふむ、やっぱ雪男本人に直接聞くのが一番手っ取り早いな!ヴァチカンで粘って来るよ」
「えっ?雪男に会いに行くのか?」
「雪男は昨日お前に大人しくあたしの言う事聞いていろって言ってたな。つまり、大人しくは……
 炎を出すな。あたしの言う事は……あたしの傍に居ればいずれこの術に気付くって事だろ?」
「!」
「雪男は全部分かってんだよ。分かってやってやがる!」
「えっ?あ……そうなのか?」
「とりあえず、会えるかどうか分からんねぇけどヴァチカンに行って来るな、メフィストもいるが、
 アイツが簡単に教えてくれるわけねぇしな雪男を脅す方が簡単そうだ」
シュラは言うと勝呂の肩に手を大きく振り落とした。
「で、勝呂君。お前にはこの術がハァッキリ見えるんだろう?」
「はあ……まあ、この位の式神なら分かりますわ。高度になると……せやけど高度な術なら術者が
 近くにいる筈やから、そっちからでも同業者は判断出来ます」
「良いね!お前を本格的に燐の護衛に任命しよう!出来る限り燐の傍にいて、これ以外に式神が表れたら
 報告するように!後、燐が大人しくしてるようにも見張ってろよ!」

「はい……まあ、俺でええならやってみます」

じゃあな!とシュラは廊下の窓から飛び出して行ってしまった。
でかい女のくせに身のこなしだけは鮮やかだった。あっという間に校舎の屋根を伝って走って行ってしまった。
シュラの走る後ろ姿を見送るとキーンコーンと鐘の鳴る音が聞こえてきた。授業の始まりを知らせている。
どうやら俺も勝呂も完全にホームルームはサボってしまったみたいだ。
「あかん!急ぐぞ!」
グイッっと勝呂に腕を引っ張られた。
「あっ、ああ……」
そのまま腕を引かれて廊下を小走りする。
「勝呂、ありがとうな。心配して来てくれたんだろう?」
「そうやない、奥村先生に頼まれたんや。お前がバカな事しないように見ててくれってよ……」
「雪男が!」
「ヴァチカン勤務やなんてな……俺にはさっぱりや!せやけど、奥村先生からもお前の護衛を頼まれた
 気にもなってくるし先生の言う通りにするぞ」
「ああ、わかったよ」
雪男の名前を出されて突然心臓が飛び上がった。胸の奥にご飯が詰まったみたいに苦しくなってくる。
昨日は急に突き放してきた雪男が俺の事を気にしてくれていると思うと嬉しくなってしまった。
雪男は今もヴァチカンの何処かで俺の心配をしながら仕事をしてるのかもしれない。

だったら言われた通りに大人しく、シュラや勝呂の言う事を聞こうって思った。
シュラが雪男に会いに行ってくれるなら、このままずっと会えない訳じゃない気がして来たし、
次に近いうちに会えた時はちゃんと言う事聞いてたぞ!って言ってやる。



それから真面目に授業に出て、昼休みは勝呂と購買のパンを買って食べた。
午後の授業が終われば志摩や子猫丸とも合流して塾に向かった。
感のいい子猫丸が式神に気づいて炎を出さないように憑いてるって勝呂が説明したら心配してくれた。
志摩は勝呂にこれぐらい気づけって怒られてた。
塾では早速、悪魔薬学担当講師が変わったとあっさり伝えられた。
みんな一瞬ざわついたがそれ以上は聞いてこなかった。
俺や雪男と同じクラスの勝呂にみんなが問いかけたが、俺達は雪男は忙しいとだけ言えば
みんな納得したみたいだった。
ついでに担当教科の多かったシュラも休んだから、代わりの先生が教科毎に入れ替わって
その日一日が慌しく過ぎていった。




「りん、おかえり!」
「ただいまクロ!昨日は悪かったな。飯今から作るから何がいい?」
部屋に戻るとクロが元気に迎えてくれた。ニャーニャー飛び上がって喜んでくれると
昨日は悪かったなって本当に思った。
雪男の事はシュラも気にしてくれてるし、もしかしたらヴァチカン勤務も直ぐに終わるかもしれない。
ここで一人勝手に落ち込んでクロの飯作らないなんて自分勝手で最低な事してた。
雪男は前から出張が多かったし帰って来ない日だって良くあったんだ。
そうだよ、ちょっと遠くで仕事してるだけなんだ!

メニューの希望を聞かれたクロは飛び上がって俺の頭に乗った。
「いってもいいのか?じゃあおれ、りんのトロトロスペシャルたべたい!」
頭の上からのリクエストに、俺は両手を伸ばしてクロを抱き上げた。
「オムライスか!良いぜ、すぐ作ってやるな!」
クロに向かって笑顔を見せればクロはニャーと言って喜んでくれた。
その時、

「ただいまー」
部屋に誰かが入って来た。ドアには背を向けていたので誰かは分からない。
「えっ?」
声のトーン、歩く感じ、真っ直ぐ机に向かって物を置く音が……
俺が後ろを振り向く前にクロが俺の腕から飛び上がって言った。
「おかえり!ゆきお!しゅっちょうだったのか?」
「……ただいまクロ」
ニャーニャーの鳴き声を待ってから雪男がもう一度ただいまを言った。
「雪男!お前っ、何で!」
「フェレス卿がね、ヴァチカンにある僕の部屋からこの部屋に繋ぐ鍵を作ってくれたんだよ。
ヴァチカンの僕の部屋とフェレス卿の結界のあるこの部屋限定の鍵でね他の場所からは繋がらない」
「あ……そんな不思議鍵あんのか?メフィストの奴、昨日は何も言わなかったぞ!」
「うん。僕も彼にこんな事して貰えるなんて想像しても無かったから驚いたよ。
 もう、数年は帰って来れない覚悟もしてたしね」
「ええっ!」
雪男の一言に俺は驚いた。帰って来れない覚悟って……
雪男は何でもないように笑って話を続けた。
「……フェレス卿はね、泣く兄さんが可哀想だって言ってこれをくれたんだ」
「あっ……」
「泣いてたの?」
「それは……だって、急だったし……お前、突き放すみたいな言い方するしよ」
「あれはヴァチカンの人間も見ていたからね。あの時はああ言うしかなかった」
「べっ……別にいいけどよ」
「うん。ねぇ夕飯のメニューは何?向こうの食事は舌に合わなくてさ兄さんの御飯が食べたいんだ」
「しょ、しょがねぇなぁ〜そんなんでヴァチカンで働けるのかよ!」
雪男の珍しい言葉に俺は気分がパァってなった。口元が勝手に緩んでいく。
だって雪男に、何か食べたいって言われたのは今までで初めてだったんだ。
雪男は作った料理に文句は言わないけど、作らなかったら作らなかったで何も言わずにカロリーメイトとか
勝手に食ってたりする。
それが時々……いや、すっごく嫌だったんだ。
だから、飯だけは絶対に時間通りに作ったし、帰りが遅い日だって見て分かるようにおかずをラップに包んで置いてた。

「今日はオムライスだ!トロトロスペシャルな!クロが食いたいって言ったんだけどお前も良いだろ?」
「何でも良いよ」
「よし!じゃあ今すぐ作って来るな!」
俺はその場で数回足踏みして部屋を飛び出そうとした。
「僕も行くよ。何か手伝う」
ドアを開けた所で更に珍しい言葉を言われて驚いて振り向く。
雪男は上着を脱いでワイシャツに腕捲りをしていた。
「え?あ、いいよ別に!お前疲れてたりするだろ?座ってろよ」
「そう?……じゃあ食堂で座ってるよ。何か飲みたいしね」
そうかと、雪男と一緒に食堂に入った。
雪男は本当に食堂の厨房が一番良く見える場所から椅子に座って俺がオムライスを作るのを後ろで待ってた。
何か見られてる感じが気になってやりづらかったがそれでもトロトロスペシャルは今までで一番じゃねーかと
思える程の出来栄えだった。

「うん。美味しい!やっぱり兄さんの作る料理が一番だな」
出来上がったトロトロスペシャルに雪男はすぐにもスプーンに山盛り乗せて食べ始めた。
俺は自分の皿をテーブルに置くと横に麦茶を置いた。
「当たり前だろ!火加減とかスゲー気ぃ使ったんだからな!」
毎日の用に目の前で見てるから分かる。今、雪男はガツガツ食っている!
「うん。丁寧に作ってくれたんだなって思うよ……」
口の周りが赤くなったまましゃべるからギョッとした。
布巾で拭き取ってやりたい衝動に駆られて俺の右手がうずいた。
「おっ、おう!まあな、分かってればいいんだよ」
「うん。美味しいよ」

「ああ……」
雪男が俺の料理に感想なんて言うのはあんま無い。
つか、珍しい。
二人で顔を会わせて夕飯を食べるのもあんま無かった。
雪男はいつも仕事してたから……

「な、なあ?明日もここに帰って来るんだろ?」

「うん。ヴァチカンの自室に戻れた時は帰って来るよ。だから、明日も食事は用意して欲しい」
雪男はオムライスを綺麗に平らげると手の甲で口元を拭うから、俺は慌てて持ってた布巾を雪男に渡した。
「当たり前だろ!ちゃんと栄養のあるもん作ってやっから早く帰って来いよ!」
「うん。待ってて……」
麦茶を飲みならが背もたれに背を伸ばし、俺を眺めるように言った。
「なあ?パラディンになる修行すんだよな?それって大変なのか?」
「まあ、楽じゃないよ。だけど神父さんの様に僕がパラディンになればヴァチカンも安心して兄さんを放任出来る様になる。
僕にも権限を与えて貰えるしね……」
「それをジジイと決めてたのか?」
「そうだよ。悪魔になった兄さんが人間として堂々と生活するには僕がパラディンになって安全だって
 信じさせるのが一番だって事なんだ」
「あ……」
「兄さんが今まで生活出来たのも結局は神父さんがパラディンだったからなんだよ」
「そうか……俺もさ!こっちでシュラの修行ちゃんとやるよ、俺がパラディンになれたらお前がなる必要ねぇだろっ?
 そしたらヴァチカンの修行も終わってこっちに戻れるよな!」
俺は我ながら名案だと身を乗り出して雪男に言った。
「……」
一瞬、にこりと優しく笑い掛けられてドッキっとした。けど、直ぐに嫌な予感がしてきた。
「シュラが……雪男は全部分かっててやってるって言ってた。なあ?これから他にも何かあんのか?ヴァチカンで
 修業って何すんだよ?」
「シュラさんか……今朝から何度もヴァチカンに来てたけどそう簡単に会わせては貰えないんだ」
「そうか、今日は会えなかったんだな……」
「ああ、兄さん。ここに僕が帰って来ている事はシュラさんには秘密だよ。勿論勝呂君にも。ここで僕と話した
 会話は誰にも言ってはいけない」
「何でだよ?」
雪男はまた一口麦茶を飲むと続けた。
「シュラさんはそれなりに役職者だ。上の者とも関わりがあるし、下手に秘密を共有することはシュラさんを
 危険に晒す事になる」
「……」
俺は雪男の説明をただ黙って聞いた。
「シュラさんが僕の事を気にかけてヴァチカンに押し掛ける事は自然な事だし、上もそれで彼女をどうこう
 しようとは考えないはずだ。時期が来て向こうで会えた時に知らせようと思う」

「分かったよ、俺は何も言わない」
「兄さんには多少の縛りがあるかもしれないが、今まで通りに学校や塾で普通の生活をしてれば大丈夫だ」
「式神がついてるって勝呂が……」
「もう分かったのか……流石だな。きっとそれ以上はつかないよ日本人にはプライバシーを尊重する
 文化があるからね」
「そうか……」
渡した布巾で雪男がもう一度口を拭う。その姿を見て俺は聞かずにはいられない事を思い出した。
「じゃあもう……けっ結婚したとか……フリとか……しなくていいのか?」
俺の言った事にちょっと驚いたみたいの雪男は直ぐに俺の前で頭を下げた。
「……ごめん……本当は監視があったのはあの日の夜と学園内だけなんだ」
「え?……」
「この寮にはフェレス卿の結界がある。フェレス卿はこの事には無関係だ。バチカンもフェレス卿には
 遠慮してるのかこの寮の中では監視はない」
雪男の言ってる事が良く解らない。だって雪男ずっと監視されてるって厨房でだって言ったし……
言った、言った!言ったから……
「じゃあ、おとついは何であんな事したんだよ……俺、お前……騙したのかっ?」
思わず立ち上がって雪男を見下ろした。
「……ごめん。あの日の夜はこれでもう帰って来れないかと思ってたんだよ……」
雪男は恐る恐る俺の顔を見上げると申し訳なさそうに目を泳がせながら手元の布巾をいじってる。
「っ……」
「……だから、その……兄さんが名残惜しいと言うか……その……」
「なごり、おしい?」
厨房の壁に目をやりながらたどたどしくしゃべる姿に力が抜けて俺は椅子に座り直す。
「ごめん兄さん……嫌な気分にさせてたかな?」
互いの顔が正面に来て雪男はやっと目を合わせて言った。
「んと、それって雪男は俺とあーいう事したかったって事か?」
「……っ……そうだよ」
「ん〜……」
俺はちょっとだけ、それなりに考えた。
頭を左右に振りながら雪男のいつもと全然違う間抜けた顔を見ながら。
「……だったらいいや、雪男がしたかったなら……」

「……えっ、は?僕がしたかったなら兄さんはいいのか?」
「俺はしたくもないのにするっつーのが嫌だったんだ。そうじゃないならさ……って、どうなんかな?」
俺は自分の言ってる事がわけわかんなくなってもっと深く頭を捻る。
雪男はポカンと口を開けてこっちを見てくるので更に頭を反対側にも捻ってみた。

夕飯をたいらげると後片付けは雪男がやってくれた。
先に風呂に入って来いって言うから言われたまんまに風呂に入った。
そうして二人部屋に戻る。
「じゃあ僕はこれで行くから」
ベッドに腰を降ろして雪男を見上げると、雪男は顔も合わせないで上着を掴んで言った。
「は?」
「え?」
俺の返しに雪男も首を振ってこっちに顔を向ける。
「何だよ!食うだけ食ったら行っちまうのかよっ!」
「食うだけって……じゃあ、勉強みようか?宿題は?」
「!」
その言葉に何故か胸がパアッってなった。
宿題なんてやりたくないけど……
やらないわけにはいかない物だし、それで雪男がまだここに居るつーなら良いと思ったんだ。

「ほら、兄さんまた引っ掛け問題につまづいてるよ」
「え?あ、そっか。分かった分かった!」
雪男と椅子を並べて宿題をやった。雪男は俺の宿題の問題一つ一つ丁寧に説明してくれる。
いつもよりずっと時間をかけて……
俺も一生懸命考えて雪男にいっぱい質問してやった。雪男がいっぱいしゃべればいいと思った。
「兄さん。宿題は一人で出来るように成らないとね。解らないところは先生や勝呂君に聞いて教えてもらうんだ」
終わった教科書を重ねながら雪男が言う。
「……っ!」
「僕はこれからは帰って来れない日もあるかもしれないし、一人での勉強の仕方を覚えないと」
「……毎晩帰って来いよっ!俺、一人でいたら勉強なんて全然しねぇぞ!宿題も忘れる!」
自分でも何が気に障ったかなんて分からない。だけど雪男の言い方がにカチンときて声を張り上げてた。
「兄さん……」
雪男は少し驚いた顔をした後、そっと俺の肩に触れてくる。
「ちゃんと帰って来いよ!帰って来るって言えっ!」
「……分かった、ちゃんと帰って来るよ。明日も来るから、そんな顔しないで」
「……だって、お前が……」
「さっ!十時だ。兄さんは寝る時間だ。いいから立ち上がって……ベッドに入って」
雪男に背中を押されて立ち上がった。

「うん……」
雪男に促されるまま布団に入った。雪男はベッドの脇に腰を下ろして俺が布団から顔を出すのを待ってくれた。
「ありがとう。兄さん……」
「え……」
突然のお礼の言葉に俺は意味が分からず聞き返した。
雪男は優しそうな顔をして俺を見つめてくる。気恥ずかしくて思わず掛け布団を鼻下まで被った。
「……」
「キス、してもいいかな……」
「!」 
雪男の問いかけに心臓がバクンと飛び上がる。
そこからバクンバックンが止まらない。
「ゆ、雪男したいのかっ?」
俺は固まった顔を出して雪男に確認した。
「うん。だったら良い?」
「だったら……いいけど……」
直ぐにも雪男の顔が降りて来て前髪をそっと持ち上げられると額に口づけが当たった。
軽く当たった唇が放れると視線で追いかけて雪男の顔を見る。
目が合えば、また柔らかく笑う表情に目が釘付けになった。
こんな優しい雪男は今まで見た事ない!

名残惜しい……ヴァチカンに修行なんて行かなければいいのに……
だけど、俺の処刑のせいでもあるからそんな事言えねぇし……
せめて……もうちょっと……
もっと!

「……これだけ?……かよ……」
俺は雪男に向けて唇を開いて見せた。薄く舌を乗せて。
「……」

俺の顔を見返すとちょっと驚いた顔をして、雪男は何も言わずに唇を重ねてくれた。
「ん!………ふうっ……」
「……っ……」
雪男は顔を動かして俺の中を唇が舌が動き回っていた。
俺はその動きを夢中になって追いかけた。
体ごと降りてきた雪男の重みが心地良さを感じて心臓の音が走り出す。
ぎゅっと両手を握り込んで身体を固めて耐える。嫌じゃなかった。

雪男……雪男……雪男……

頭の中で何度も雪男の名前を呼んでた。















つづく
「悪魔のお嫁入り1」
「悪魔のお嫁入り2」
「悪魔のお嫁入り3」
「悪魔のお嫁入り4」
「悪魔のお嫁入り5」
「悪魔のお嫁入り6」

★ここまで読んでくださりありがとうございます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。
H25.6. 蜜星ルネ
 







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