ーー 悪魔のお嫁入り 4 ーー



シュラと勝呂を教室に残して俺は雪男の後を着いて職員室に向かった。
雪男の支度が終わるのを少し待ってから雪男の持ってた鍵で寮まで直通で帰って来たのだ。


「なあ、どういう事だよ!説明しろよなっ!」
先に部屋に入った雪男は机に鞄を置くと俺の方を振り向いた。
「……確かに、説明は必要だったかもしれない」
「当たり前だろぉ!……てっ!」
振り向いた雪男を見返せすと。
ふと雪男と顔を合わせるのは昨日の夜ぶりだった事に気づいて急に口が止まる。
途端に昨日の夜の出来事が一瞬の内に頭の中で蘇って、次の台詞が思いつかなくなってしまった。
なんだか目を合わせていられなくて勝手に逸らしてしまう。

「っ……」
「はあ、しょうがないな、兄さんは手騎士と悪魔の関係は覚えてる?授業で習ってるはずだけど」
「何だよ急に……?」
「悪魔が手騎士に従おうとするには手騎士の能力を認めた時だ、手騎士が自分より強い者だと解かれば
悪魔は付き従い道具のようになる」
「えっと……」
突然の授業おさらいになってしまって俺の頭が混乱した。
俺は只、結婚して夫婦のフリするってのの説明を聞きたかったのに……!
「えっ!従う……って……」
「そういう事。つまり、上は兄さんが悪魔の本能的に従う相手を作りたかったんだ。それは祓魔関係者が
良いし、兄さんを従えられて、兄さんから大きな拒絶をされない相手を宛がいたがっていた」
「その相手がお前だってのか?!」
「他に良い相手、誰かいるの?」
雪男はニコリと余裕そうな顔をした。
何かバカにされたみたいだけど今はそれどころじゃねぇ!えっと・・・・・・ちょっと待て……!!
「神父さんはヴァチカンからの兄さんの処刑命令を回避する為に、兄さんの結婚を……僕との契約を提示
したんだ」
「あ……」
「兄さんは元々人間だから、使い魔じゃなくて一般的な結婚の形式を通した」
「……」

俺が雪男の使い魔?
それが結婚……
でっかいホールで皆の前で……
あれは……

結婚式じゃなくて、使い魔の儀式みたいな奴だったのかっ?!

黙り込んだ俺を雪男が見下ろしている。
「一番の難関は昨夜の初夜だった。あの後兄さんが爆睡してくれて助かったよ、僕が翻弄したかのように
装えたしね」
「っ!!そうだ、結局使い魔なら何であんな事すんだよ!!結婚は本当はどうでもいいんだろっ!?」
「兄さんは僕の事を自分より強いと思ってる?」
雪男は言うと自分のベッドの上に腰掛けた。
「えっ……?まあ、先生だしぃ……俺の知らない技とか方法とか使われたら俺でも負けるんじゃねぇ、かな?」
でかい雪男が目の前で座ると、今度は俺が雪男を見下ろす形になった。
「本当は思ってないんだろ?兄さんを倒す事くらい簡単だけど、本質的にはサタンの力がある兄さんの方が
力は強い」
「まあ〜そうだろうなぁ〜」
「だから、性行為が必要なんだ。快楽に弱い悪魔の本能を利用して無理矢理契約した事にした」
「はあ?」
「悪魔は自分に快感を与えてくれる相手には手を出せなくなってしまうんだよ。本能でね。
それが人間でも自分より弱くても使い魔のように従ってしまう。快楽の虜になるんだよ」
「何だそれ、気持ち悪りぃ」
「まあね。兄さんは自分がそういう本能があるって事も知っておいた方がいい、女性との恋愛禁止の理由も
解かるだろ?」
「それで、昨日は監視の中であんな事したのか……」
「それも無事に済んだし、後は僕の言う事を聞いて、大人しく、慎ましく、生活してくれれば良いんだよ」


「シュラが監視はまだ続くっつってたぞ」
「……まあ……はっきりとは解からないが、ちゃんと僕と主従関係なものになっているか監視されている。
塾だけじゃなく学園でも何かしら見られていると思っていた方が良い」
「そうか、何か面どくせぇな」
「しばらくの間だけだから、ちゃんとやってよ。兄さんの命に関わる事なんだよ」
「おっおう!……だけど弟と結婚なんてジジイもぶっ飛んだ事考えるのな、塾のみんなに何っつったら
良いかな?」
「塾のみんなには言わない方が良い」
「えっ?」
「兄弟で結婚なんて非常識だろ?シュラさんと勝呂君には明日僕が黙っててもらうよう頼んでおくから、」
「あっ……ああ、そうだよな。兄弟で結婚はあり得ねぇもんな、本当は只の使い魔なんだし……」

「……ねえ、兄さん」
雪男はそっと自分の目の前にあった俺の手を取った。
「?何だよ、手ぇ握ったりして気持ち悪りぃな」
「そう言うだろうと思ってね、明日から学園での練習だよ」
「れっ練習ぅ!!」
ニコリと笑顔を見せられて、俺の心臓が何故かドキドキと鳴り出した。
くそう、これは昨日のせいだ!
昨日あんな事になったから、今まで雪男と二人でどう過ごしてたのか思い出せない。
「さてと、それじゃあ今から……」
「おっ、おう……」
雪男のもう片方の手の指が無意識に自分の顎を触った。何か考え事をしている時によくやる仕草だ。
「ん〜、じゃあ今日の授業のおさらいでもしようか?」
「……へっ!?」
「学校でも休み時間はなるべく一緒に過ごすんだよ。その時の感じでさ、」
「休み時間でも勉強する気かよっ!」
「学校だから当然だろ?それ以外に二人で何かする事でもあるのか?」
「……ねぇ……けど……」
「なっなあ、シュラがイチャイチャするフリしろって言ってたけどそういう事か?」
「まあ、兄さんは快楽からの使い魔って事になってるし、簡単に言えばそうなるけど……
こういうのは人それぞれだろ?一緒に食事をする事でもそう言う意味合いになるしね」

「そうか……じゃ、じゃあさ!また昨日みたいな事もしなきゃいけなくなるのか?……」
「昨日?……ああ、この寮にはフェレス卿の結界が張ってあるから、監視はされな……!、っ?!」
説明をしだしていた雪男が急に俺の顔をまじまじと見てくる。
「?……何だよ?」
やっぱ何かあんのか?

「……そう、だね。ここにも監視カメラが仕込まれてるかもしれないし、ボロを出さない為にも、
これから定期的にこなしていく必要があるよね。」
「……っ……定期的って普通どんくらいなんだ?」
「それは、週2、3回とかかな?分からないけど……週1じゃあ少ないだろ?一応新婚だし……」
「新婚……!」
「まあ、とにかくこれからしばらくは頑張ってよね。僕も努力するからさ、ちゃんと認めてもらえた時には
兄さんはきれいさっぱり自由になれるよ」
「……わかったよ!」

それから雪男に付きっきりで勉強をさせられて、時計が6時近くなった頃にやっと解放された。
晩飯の支度を理由に助かった。




次の日。
俺は昨日雪男に言われた通りに弁当をもって雪男のいる特進科の教室にやって来た。
昼休みは一緒に過ごすからって、当然とばかりに言って来たけど、
何で俺が雪男の教室まで行かなきゃなんねぇんだろ。
雪男が俺の教室に来たっていいだろうによ。
知らない教室は入りずらい。俺は雪男が中から気づいてくれないかと教室をそっと覗いた。

「おう!奥村、中に入ってええで、」
雪男ではない思わぬ人物が出迎えてて俺は一瞬驚いた。
そういえば雪男と勝呂は同じクラスだったっけ。
「えっ、あ、ああ……」
俺は歩き出した勝呂の後ろについて教室の一番奥までやって来た。
クラス内の生徒達が俺の侵入にざわめいたのが少し気になる。
「先せぇ…奥村、君、からお前が来るって聞いてる、席はあそこやからそこ座って待ってろ」
「ん?待ってろ?」
俺は言われた言葉に問いかける。振り返った勝呂は首を傾けて何とも言えないという感じに返事を返す。
「多分仕事やろ。普段も昼休みは便所行くふりして消えてるし、よう知らんわ」
「そうか……じゃあここで待ってるよ。ありがとうな勝呂」
席に座ると勝呂も隣の席から椅子を引っ張って俺の斜め横に座りだす。
「俺も、ここで先生来るまで待たせてもらうわ」
「なんだ?お前も雪男と弁当食べるのか?」
勝呂はそのまま片手にあったパンと牛乳を机に広げた。
「俺はお前の護衛役なんだよ、気にすんな」
「何だよそれ、お前それ本当にやんの?」
「ああ、お前がこっちに来てくれて助かるわ、先生ぇも昨日の事もあったせいか。お前がこっちに来る事
言ってくれてったからな」
「護衛って何すんだよ?別に俺、男で危ない事なんて無いぞ」
勝呂はパンの袋を開けながら俺の顔を見てくる。
「まーな、あの後…霧隠先生はお前を良く見てろってよ……」
「何だよ?」
そのまま少しの無言に俺は勝呂の次の台詞を待った。
俺の顔をじっと見る目に何を意味しているのか解んなかった。
「お前、本当に先生と結婚しちまって良いのか?」
「へっ?!」
「霧隠先生も実際お前がどうなのか気にしてたぞ、まあ……言うてまうと、お前の様子に引っ掛かる事が
あれば直ぐ報告しろってな」
「様子って?」
「落ち込んでるとかな、お前が結婚は嫌だっていうなら何か考えてくれるんじゃないか?」
勝呂は視線を外すとパンを頬張りながら続けた。
「シュラ、昨日は俺にとっては一番良いって言ってたよな」
「お前が嫌じゃないならな」
「嫌って、そりゃあ嫌だけど、今だけだろ?それに、どうせ俺は普通の結婚だって出来ないってなら……
雪男だしな」
「ええっつうんか?」
「良いも何も、今までだって俺、飯の支度から洗濯掃除に雪男の嫁さんみたいな事してたんだぞ……」
「そらまあスゲーわ」
「それに雪男も処刑があったからしょうがなくだろ?しばらくの間それっぽいふりすればその後は普通の
生活に戻るっつってたしな」
「それは言っただけやろ?俺が思うに先生は……」
「……何だよ?」
「先生は前からお前の事を好いとるんやないか?」
「は?」
「お前等って、その…特殊やし、先生の方は承知で祓魔師になったんやろ?お前に特別な感情持ってたと
しても納得してまうわ」
「えっ、えええぇ〜……」
「なんやその顔は、」
俺は口をがくんと開けて机を抱えて勝呂を見上げた。
勝呂の言葉に身体中をむず痒い何とも言えない空気に包まれて、じっとしてられない。
「俺と雪男兄弟なんだぞ、しかも双子の!」
「でも全然似とらん、あっちはほんまの天才や、」
「……っう!それ関係あんのか?」
「無いものねだりとかな。お前の馬鹿さ加減に癒されるとかか?」
「うるせぇ!」
「まあ……ええから何かあったら直ぐ言え、霧隠先生が何とかしてくれるんじゃないか?」
「何とかって?」
「結婚破棄とかな」
喋りながらパンを食べ終えて勝呂は椅子から立ち上がった。
「ふーん……」
俺はただ勝呂の動きを目で追いかける。
胸の中に言葉に出来ないもやもやが湧き上がって表情を作る事が出来ない。
勝呂は自分の席から教科書を持って来て隣で一人読み始めた。

「お前も食べいや、先生この感じだと授業ギリギリになりそうだぞ」
「いつもそんななのか?雪男っていつ飯食ってんの?」
「さあな、同じクラスっつっても絡んだりせんからな」
「そうか……」
俺は一人持参した弁当を広げて食べ始める。
その後も残りの休み時間を雪男の席で過ごしたが、雪男は結局、俺がいる間に戻っては来なかった。
もうすぐ午後の授業が始まる。
仕方なしに席を立つと黙々と教科書を捲っていた勝呂に声を掛けて教室を出た。

結局、知らないクラスで一人で飯食っただけだった……
来いっつったのは雪男なのに何なんだよ!
ムカムカしながら廊下を歩いていたら、雪男がこっちに向かって来ているのに気づいた。
背が高い眼鏡だから嫌でも直ぐ分かる。
雪男も俺に気づいたのかヘラっと笑って足を速めた。
「兄さん、もう帰り?少しは話が出来るかと思って急いで来たんだけど」
「っう……うるせぇ!普通科と特進科だと教室遠いんだよ!」
俺は近寄って来た雪男の肩を押して大声を出した。
「っと、勝呂君に頼んでおいたけど、一人になっちゃった?」
特にバランスを崩すでも無く、雪男は話を続けてくる。
「勝呂は一緒いてくれたけど……って、違うだろっ!なんで勝呂と飯食うんだよ!」
「勝呂君が嫌いなのか?いつも仲良さそうなのに」
「そうじゃ、なくて……」
「何?」
「俺はお前と弁当食べるつもりだったんだぞ!!……何でお前がいないんだよっ!!」
「!?……うん。ごめんね、今日は塾の授業が終わったら直ぐに帰るからさ」
肩に手を当てられた。背の高い雪男に上から喋られるとなんか惨めな気分になってくる。
「っ……」

惨めだ。
あんな所でただ待ってるだけなんて。
結局待ってる間は戻って来なかった。

「っ……絶対だな!」
俺は顔を上げると雪男を真っ直ぐに見て、そう言っていた。






午後の授業が終わり。俺は普段通りに塾に向かった。
鍵で塾校舎の廊下に入ると教室入口前にシュラが立っていた。
「よお!人妻!」
「シュラ、何だよ待ち伏せか?それにそんなデカイ声で言うなよ、誰かに聞こえるだろっ!」
「誰もいねぇって、今日はあたしの授業がないからお前の顔だけでも見に寄ったんだ」
「顔って…………」
俺は昼間勝呂の言っていた言葉を思い出していた。
シュラは昨日と変わらずニヤニヤしているけど……
「まあな、変わりないならそれでいいんだ。おら、新婚なんだからもうちっと幸せそうな顔しとけって、
それこそ何処で誰が見てるかわかんねぇからな」
「監視って奴か?」
「ああ、だけど実は詳しい状況はあたしもわかんねぇ。余計な行動はとるなって所だよ」
「分かってるよ、雪男の言う事だってちゃんと聞いてるし……」
「はは、お前がそうやって大人しいと雪男は嬉しいだろうな、」

「それ、どういう意味だよ!」
「そのまんまの意味だよ。じゃあな!」
シュラはそう言うと歩きだし、後ろ手に振って帰って行った。
本当に俺の顔を見に来ただけみたいだ。

昼間に勝呂が言っていた事。
『どうしても嫌ならシュラに言えば何とかしてくれる』
そりゃあ嫌だけど、どうしてもって言われるとな……

……
わかんねぇ。

雪男も本当はどう思ってんのかな?
なんか、なんもかんもが急過ぎて考えられねぇ!!


「授業が始まりますよ。奥村君」
「あ……雪男……」
不意に、後ろから声を掛けられて驚いて振り向く。
俺は不安とも言えないこの気分を顔に出して雪男に向けた。
「何?何かあった?少しくらいは嬉しそうな顔して欲しいんだけど」
「みんなしてそれかよ、」

「皆?」
「……さっきシュラの奴がな、なあ?俺が大人しく雪男の言う事聞いてると嬉しいか?」
「ん?なんだシュラさんか…確かに嬉しいよ。兄さんが暴れたりせずに大人しく勉強しててくれれば
安心して仕事にも行けるしね」
「あっ、暴れたりなんてしねぇよっ!?」
「だと、良いけどね。さ、教室に入って席に着いて」
「ああ、」
片手でドアを開けた雪男にもう片方の手で背中をそっと押されて教室に入った。
背中に添えられた大きな手を感じて雪男の顔に目をやると、雪男も俺を見返して、微笑みを見せられた。

目が笑ってる!だから本当に微笑んでる!
雪男が……!
何だか嬉しくなって、つられて口がふにゃりと笑ってた。
そのまま席に着くと、教室にいた奴等から何か良い事あったのか?どうなんだと聞かれまくった。


良い事じゃない。絶対に!
だけど、処刑も結婚も大した事じゃない気がしてきた。
雪男の言う事を聞いて、雪男にくっついて生活してれば済む事ならばそれで良い。
だって、雪男が笑ってたから……
















つづく
「悪魔のお嫁入り1」
「悪魔のお嫁入り2」
「悪魔のお嫁入り3」
「悪魔のお嫁入り4」
「悪魔のお嫁入り5」
「悪魔のお嫁入り6」

★ここまで読んでくださりありがとうございます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。
H24.12. 蜜星ルネ
 







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