ーー 恋知る瞬間3 ーー



「はあ・・・はあ・・・!」
燐は息が切れるまで走り続けた。

キーン・・コーン・・カーン・・
校舎から午後の授業を始めるチャイムがなった。
その音が風に乗って越えるのを見送った。
「はあ・・・あっ、あれ・・・!なんで、俺っ?」

さっきまで雪男とお昼をしていた。楽しかった。
そこまで楽しかったはずなのに!

「あ、雪男っ」
急に襲う恐怖感に両腕を抱きしめる。


『 落ち着いて、良く考えて。どうすれば喧嘩をせずに家に帰れるか探すんだ。
 お金で済むならそれでもいい。人を傷つけないで済むように・・・』
中学の時、雪男に言われた言葉を思い出す。
あの時はバカにされたとばかり思って・・・

謝ろう!
すぐ謝れば雪男は俺がバカな事知ってるんだから許してくれる!


燐は時間も待てず、そのまま雪男の教室に向かった。
「何かね?君?授業中だ。教室に戻りなさい。」
教室を開ければ担当教師が驚いて、燐に言った。
「あ・・・雪男、雪男は?」
「奥村君?奥村君は授業には出てはいない。君も戻りなさい。」
「え、?」



燐は校舎内を走った。
横切る教室から授業中の生徒等が燐を見ている。
構わず、ひとけの無い場所を探す。手近なドアに鍵を指した。
鍵を使って祓魔塾に入ると燐は一目散に職員室へ走った。
勢い良くドアを開けると中にいる教師達の視線を一身に集めた。
教師は全員サタンの子だと知っているのだろう。
習った事もない先生が燐を見てざわめく。

「せ、先生!なあ、雪男!雪男は!?」
燐は一番近くにいる教師に大慌てで尋ねた。
「奥村先生はまだ来てないけど・・・君もまだ学校のはずでしょう?」
「そんな事はいいんだ!それより、」

バサッ!
その時、大きな布が背後で舞った気配がした。
「何をしているのですか?奥村君。」
「!」
真後ろから名前を呼ばれる。燐が振り向くと・・・
「メフィスト!」




燐はメフィストに引っ張られ、寮に帰って来た。
「本日の塾の授業はお休みなさい。理事長直々に許可してあげますよ。
 それより、早いところやってしまいましょう。」
「やるって何だ?」
足早に寮の階段を上がるメフィストの後を燐が追いかける。
「あなたが申し出たのでしょう。部屋の引っ越しですよ。」
「あっ!」

「この寮には強力な結界があるとは言え、私にはあなたの行動を管理する権限があります。」
「なあ、分かったけど、変わった部屋は雪男に内緒にしてくれねぇか?」
燐の言葉にメフィストの足が止まる。
「兄弟喧嘩で部屋変えしようとしているのですか!?」
急に振り向かれて、燐の身体が硬直した。
「そ、そういう訳じゃねぇけど・・・」

「まあ、一般の学生であれば兄弟は別室に別けるのが普通ですし、この寮内で生活される限り私は構いません。」
メフィストは向き直し歩き出した。燐もまた歩き出す。
「そうか・・・」
「で、どの部屋に移りたいのですか?」
「えっとな・・・」



部屋が決まるとメフィストは新しい鍵を燐に渡して帰り、その後は一人で引っ越しの作業をした。
もともと荷物は少ない方だが一人でやるとなると、あっと言う間に時間が経った。
新しい部屋中に広がった荷物を眺めて気が滅入ってくる。
窓の外はもう暗くなっている。
「塾は終わったよな。帰って来たかな?」
『りん!わすれものはないのか?』
床に広がった荷物の真ん中に座っている燐にクロが声を掛けた。
ニコニコと尻尾を振って。
「うん。全部持って来たし・・・」
『ひっこしって、たのしいな!』
「そうか?面倒くさいだけだろ?」
『だけど、きようはりんが、ずーっといるから、おれうれしいんだ!』
「そっか・・・」
クロの素直な気持ちに燐の心も優しく和む。
クロの頭を撫でた。



ずーっと傍にいる。
それが耐えられなくて雪男から離れようと思った。
兄弟なんだ。
どうしたって、一番の存在になってしまう。
朝起きれば雪男の顔を見て、学校で、塾で、寮で、
毎日ずっと、これからも。
顔を見る度に心臓が飛び上がって、会話する度に苦しくなる・・・
耐えられない。

でも、兄弟だからずっと見ている事になるんだ。

彼女が出来ても・・・
彼女が雪男に料理する時もずっと・・・

嫌だ。
そんなの耐えられない!見てたくない!

雪男を傍で見てるのは・・・
ちゃんと兄弟でないと出来ないんだ。

雪男の傍にはいられない・・・・
俺はおかしいんだから。






「そうだ、雪男にも一応引っ越した事言っとかねぇと・・・」
『そうだな、いこう!』
燐とクロは立ち上がって部屋を出た。


604号室。
元は自分の部屋になるのだが、燐はドアの前に来て立ち止まってしまった。
「そういや、ここの鍵メフィストに返しちまった。」
『ゆきおにあけてもらえばいいじゃんか。』
「そうなんだけどよ、きっ緊張するだろ?」
『そうか?』

燐が歯切れの悪い事を連ねていると、突如ドアが開いた。
「っわあっ!」
「兄さん!今まで何処行ってたんだ!!」
「あ、えっと・・・」
「午後の授業から出てなかったみたいだし、塾も休んだね!」
「うっ・・・」
「それに、この部屋はなんだ!?」
雪男の腕を広げた先は、燐のスペースだけすっからかんになっていた。
当たり前だ。今までそこの荷物を運んだのは燐なのだから。
「いっ言っただろ?部屋変えたんだ。」
「本気だったのか?!」
「?・・・お前だっていいって言っただろ。」
「くっ・・・・!」
「じゃ、じゃあ、それ言いに来ただけだから・・・」
燐はうつむいたまま、小声で答えていた。


悪い事なんてしていないはずなのに、何でこんなにしゃべり辛いのだろう。
雪男の顔が見れない。
雪男だってこの方が良いに決まってるのに・・・・



「!」
腕を掴まれたと燐が認識した時、不意に身体が中を浮いた。
もつれた両足が床に着くと、燐の身体は雪男の腕の中に収まっていた。
「なに?」
「はあ・・・」
雪男の吐息を耳元に直に感じて、全身の血の気が下がる。
「いや、いやだ。嫌だ!雪男っ!」
燐は腕を突っぱね逃れようともがく。それを逃すまいと雪男の腕は更に力強く燐を抱きしめた。
「もう、嫌になったのか?気が早いな、兄さんは。」
「嫌だ!放せっ!」
燐の腕が雪男の胸板を押した。
その動作に目を食らった様に雪男の顔が歪む。
「くそ!・・・兄さん何だよ、それ!」
雪男の腕が揺るんだかと思ったが、そのまま腕を引っ張られ部屋に引き入れられた。
雪男は二人の様子にうろたえるクロを廊下に残し扉を閉める。

「ちょ、雪男!俺帰るからっ!」
「帰る?」
振り向いた雪男の表情に燐の身体が凍った。
「なっ、なんでそんなおっかない顔してんだよ!」
「・・・・・」
「部屋変えるっつった時、お前自由にしろって言ったじゃねぇか!」
「・・・・・」
「それに、距離置こうとも言ってた。」
「・・・・・・・」
「何だよ・・・変なのは雪男だろ!意地悪なくせに変に優しい事して、俺の事何だと思ってんだよ!」
「・・・・兄さん・・・」
雪男が腕を伸ばす。燐はその腕を大きく振り払ってかわした。
「嫌だ!・・・触るな触るなっ!」

「雪男は、雪男の事がすっ、好きな俺はうっとおしいんだろ!分かってるよ!」
「何を言ってるんだ?兄さんこそ、僕を好きなら大人しくしててくれ!もうこれ以上僕を振り回すなよ!!」
「っう・・・!」
燐は雪男と一度も目を合わさずに部屋を飛び出した。
勢いがついたまま強く扉を閉める。
廊下にまで響き渡る音に二人扉を挟んで立ち尽くした。



「はあ、はあ!」
扉から表れた燐にクロが駆け寄った。
『りん!どうしたんだ?ゆきおに、おこられたのか?!』
「はあ、はあ、あっ・・・あれ!?俺、なんで・・・・」
心臓がバクバクいってる。握りしめた手の平が震えて止まらない。
「ゆ、雪男が、急に怒ったりするから・・・っ!」
目から涙が溢れた。突如次から次へとこぼれ落ちる。
「うっ!怒ったりするっからっ!・・・」
燐は泣きながらに部屋に向かい歩きだした。慌ててクロもその後ろについて行く。



雪男の傍にいると辛くなる・・・
雪男の事が好きだから辛くなってくるんだ。
兄弟だから。好きになっちゃいけない人だから、

でも・・・
俺達兄弟だから離れたくても離れられない。
傍にいたくてもずっと傍にいるのは耐えられない。


兄弟だから・・・・


知らなかった頃には戻れない・・・
忘れる事も、無かった事にも出来ない!



『僕を振り回さないでくれ!』



嫌われたかもしれない・・・・

だけど、雪男は俺を嫌いになったりはしない。好きになったりも。


兄弟だから・・・


なんにも無いんだ・・・・









新しい部屋に戻るとベッドに潜り込んだ。
『りん、なかないで。ゆきおは、おれがおこってやるよ。』
燐が潜り込んだベッドの上でクロがニャーニャーと耳元を揺すった。
布団の中では涙を止める事が出来ない。
クロの鳴き声と、燐の嗚咽が、新しい部屋に響き立つ。
散らかった荷物達がその声をずっと聞き続けた。



朝が来て。雪男に起こされる事もなく燐は立ち上がった。
一睡もしてない。
闇夜が薄らぎ朝日が顔を出すかの頃には燐の涙は止まってはいた。
だが起こった事、言ってしまった事、言われた言葉が頭の中を反芻して
眠れなくなり、結局時間まで寝返りをうちながら過ごした。

洗面所で顔を洗う。
一晩中泣き、一睡もしてないというのに顔は特に大きな変化もない。
悪魔の治癒能力はこんな所でも発揮される。
いっそ瞼が腫れ上がってでもしてくれれば、気にかけてもらえたかもしれない。
「・・・・」
一瞬の心の陰りに頭を振る。
『りん、だいじょうぶか?がっこう。おれもいっしょに、いってやろうか?』
「なっ、大丈夫だよ!何言ってんだ!」
『ゆきおにいじめられたら、おれがおこってやるぞ!』
「いいよぉ。別に。それに雪男はきっとなんもしてこねぇって。どうせいつも通りなんだ。」
『じゃあ、いいじゃんか。』
「そうなんだけどよ・・・」


燐は朝食も取らずに部屋を出た。
もちろん弁当は作らなかった。雪男の弁当を作らないのに自分の弁当を作る気は起きない。
出掛けに寄った食堂に律儀に金が置いてある。
気にかけてもらえてるのか、突き放されているのか、燐には分からなかった。
何とも言えない気持ちが胸を押し上げる。
燐はそれを無言でポケットにつっこみ走って校舎に向かった。

キーン・・コーン・・カーン・・
校舎からは1限目を知らせる鐘が鳴っていた。





「え、俺に?」
昼休み。
思いがけない人物が教室を訪ねて来た。
クラスの会話もした事もない女子が廊下を指して教えてくれた。
「奥村君は?今日はどうしたのかな?」
「は?」
訪ねて来たのは昨日雪男に弁当を作ると強引に約束してた雪男のクラスメイト。
燐は聞かれた質問が理解出来ずに首を傾げる。
「風邪?昨日は元気そうだったけど、あ、5限目はいなかったかな。でも6限7限はいたんだよ。」
「えっと、雪男どうかしたのか?」
「知らないの?朝から来てないんだよ。先生も連絡受けてないって言うし、お兄さんなんでしょ?」
「えっ・・・・・」


燐はおもいっきり寮の階段をかけ上がった。
雪男のクラスメイトから話を聞いた後に直ぐにも学園を飛び出した。
朝飯も食べてなかったが、昼飯どころじゃない!

「はあ、はあ!」
六階の廊下にたどり着いた所でクロが燐に気づいた。
『りん!おかえりー!きょうは、すごいはやいんだな!』
燐はクロには答えず雪男の部屋の前に立つ
「クロっ、雪男は!?、雪男っ!雪男!いるのか!?」
ドアを叩いて呼び掛けた。
『ゆきおはいないよ。』
「え、?本当か?」
クロの言葉に手が止まる。
『ほんとうだ!においでわかる。りんがおきたときには、もういなかったぞ。』
「じゃあ、どこ行って、」

「・・・・」




「奥村先生?・・・ああ、ああ!聞いてるよ。」
「本当か!今何処にいるんだ!」
燐はそのまま部屋のドアから鍵を使って祓魔塾に入り職員室を尋ねた。
手近にいた湯ノ川先生がやっと、有力な情報を持っていそうで燐の顔が明るくなる。
「奥村先生は急な依頼が入って今日は1日出張。塾が終わる頃には帰ってくるよ。」
「出張?だけど、雪男はまだ学生だから学校の時間に仕事は入らないって言ってたぞ。」
「きっ急な依頼だったんだよ。奥村先生は優秀だからね〜。」
湯ノ川は手の平で顔を仰ぐ仕草を見せた。
「そうか・・・ならいいけど・・・」
「君の事も聞いてるよ。今日の授業は絶対さぼらせないようにってね。
 今は表の学校の時間だろ?鍵で送ってやるから戻りなさい。」
「うっ・・・」
「先生を心配させるなよ。彼、いっつも君の事ばっかり言ってるんだから」
「・・・って、どうせバカとか言ってるんだろ?」
「え〜っと・・・まあ、仲良いね〜て話だよ。」
「?」


燐は湯ノ川の言う通りに昼の学校に戻った。
再度訪ねて来た雪男のクラスメイトには何も知らないで通した。

結局本当に知らなかったのだから・・・






雪男は・・・
子供の頃から俺に内緒でエクソシストの訓練をして、資格を取り、先生にまでなっちまった。
これ以上にもっと俺の知らない事もあるのだろうか。

・・・・・・・
任務って何だよ・・・
昨日はそんな素振り一つもなかった。


悪魔と戦いに・・・


他のエクソシストと一緒に行ったんかな?
危なくないのか?
その悪魔は強くはないのか?

・・・・!

俺・・・もしかして、
悪魔にならなかったら、雪男が何処かで悪魔と戦ってるなんてずっと知らないままだったのか・・・

それで、もし雪男に何かあったら・・・
突然・・・

雪男に会いたい。
雪男に会いたい。
雪男に会いたい。

顔を見ないと安心出来ない・・・
恐い!





授業は全て出た。
最後の祓魔塾授業が終わった。
燐は直ぐにも帰ろうと机の上を片付ける。

「あっ、奥村君は俺と一緒に来てな。」
「!えっ?・・・あ、はい。」
最後の授業は雪男の代わりに出た湯ノ川先生だっった。
さっそく帰って雪男の帰りを待とうと思いを巡らせていた燐は勢いを削がれた。
しかめっ面が正直すぎて、湯ノ川の口が泳ぐ。
「あー・・・その、奥村先生の事なんだけどね〜」
「えっ!雪男もう戻ったのか!?」
「それが・・・」






「はあ、はあっ!」
燐は湯ノ川に教えられた通りに広い廊下を走った。
塾校内は広く、普段使う教室以外の通路は殆ど通る事がない。
だけど、迷う訳にはいかない!
数分走った所で目的の部屋に辿り着いた。
「っ!」
燐はその部屋のドアを開けた。
広い部屋には何台ものベットが向かい合わせに並んでいる。
「・・・・」
部屋の重々しい雰囲気に圧倒されて息を止める。
ゆっくりと歩き出した。
部屋のベットは20台。それが向かい合わせて10列に並んでいる。
燐は中央の通路を歩き、そして6列目の所で足が止まった。

そのベットだけカーテンが引かれているから。
「雪男・・・」
そっと中を覗く。
聞いた通り間違いなく雪男が眠っていた。
「あ・・・なんだ。雪男、俺・・・心配して・・・」
今朝からずっと収まらなかった胸のつかえが取れた。

だけど、心臓の音は止まらない。
そう、さっきからずっと。
雪男はここで休んでると聞いてからずっと・・・
「っ・・・」
雪男を覆い被せるようにしがみついた。
やっと見つけた。やっと会えた。
なのに心臓が鳴りやまない。鳴りやまない。

「・・・兄さん。授業はちゃんと出た?」

「!・・・出たよ!ちゃんと出た!」
耳元で囁かれた声に大きく顔を上げた。
見れば雪男が目を細めて笑っている。
「あ・・・」
「そう・・・ちゃんと出てれば今日の所は良いにしようかな?」
「雪男、どうしたんだ?熱でも出たのか?」
燐は雪男の上から放れ、立ち上がった。
「・・・・・ああ、別に・・・」
雪男も体を起こす。
「寝不足。それと、食生活の乱れかな・・・」
ゆっくりと燐の顔を見て話す雪男。
「あ・・・ごっごめん」
「別に、兄さんが謝る事じゃないよ。」
「っ・・・・そっそうか、俺の作る飯じゃ嫌・・から・・・」
「・・・・・」

雪男の片方の手が動いた。燐の掌を掴む。
「!」
雪男は掴んだ掌を眺めて言葉を続けた。
「僕は1日4時間眠れば平気だけど、逆に4時間寝ないと全然駄目なんだ・・・」
「あ、ああ・・・?」
顔を上げて燐の目を見る。
「ずっと泣いてたね。」
「えっ!」
「引っ越しって・・・隣の部屋だったんだ。ふっ・・・」
「わっ、笑うなよっ!」
「笑ってないよ。喜んでるんじゃないか。」
「え・・・?」

雪男の手の力が強く、燐を引っ張った。
引き寄せられた燐は雪男の腕に納まった。
「わっ!なっなんだよ!」
驚いた燐が身体を捻って抜け出そうとする。
「まっ待って!兄さん。逃げないで!」
「やだっ!・・・はあ・・・」
雪男の長い腕を伸ばしても届かない所にまで下がってしまった。
「兄さん・・・」
「雪男、もういいよ。もう・・・いい!俺、ちゃんと兄弟するからっ!」
「!・・・・」
「雪男を困らせたりしないからっ!」
燐は身体を縮こませ、床に顔を向けて
「兄さん。そうじゃなくて・・・僕はただ・・・」
雪男は更に体を起き上がらせた。燐を掴もうと腕を伸ばす。

「俺、雪男に触られたらずっとジンジンするんだ。手とか、ほっぺたとか・・・
普通の兄弟にこんなのおかしいだろ。だからもう、雪男は俺に触っちゃダメだ!」
「!・・・・」
「俺、ちゃんと普通の兄弟するからさ・・・雪男に彼女出来れば応援するし、弁当も夕飯も我慢するし、
でも・・・傍で雪男見てるのはきっと耐えられないから・・・ちょっと放れた所で・・・して、」

「・・・・本当にそれでいいの?僕は彼女作ってもいいのかな?」
「いいよ。雪男がそうしたいなら、あっでも、今すぐは嫌だ。大学生になってからにして・・・
や、駄目だ!はっ二十歳になってからならいいぞ!!」
「分かった。彼女は二十歳からだね。で、結婚は?」
「えっ・・・あ・・・そっそんな先の話わかんねぇよ!恐い事聞くなっ!?」
「うん。じゃあ今ちょっと抱っこする位いいんじゃない?」

「あ?・・だから、俺・・・触られると・・・だ、だっこ?」
燐が雪男の顔を凝視する。
「うん。兄さんを抱っこ。僕がしたいんだ。いいでしょう?」
「あ・・・?・・」
雪男の両腕が燐に向かって広がっていた。
おいでと・・・




「兄さん・・・兄さんはどうしてそんなに可愛いの?僕が可愛くなく育ったからかな・・・」
「って・・・なんだよ、変な事言うなっ!」
燐は雪男の寝ていたベッドに上がり雪男に横抱きにされていた。
「うん・・・・」
「っ・・・・」

「僕の事好き?」
「・・・・・;」
「最初はさ、兄さんは悪魔になってしまったから、たった一人の弟の僕に気持ちが大きくなったんだろうって・・・」
「何?・・・・」
「でも違うんだ。例え兄さんが悪魔にならなくても、僕は訓練をやめなかっただろうし・・・・
 エクソシストを続けるんだよ。」
雪男はそっと燐の頬を触る。
「雪男・・・・」
「兄さんを守れる男になりたかった。ずっと兄さんを守ってる気でいたんだ。」


「最初からおかしかったのは僕だったんだ・・・・」





燐の目の前が弾ける。
「雪男っ!俺もう、平気だからっ!部屋だって他の階に移るし、もうおかしな事言ったりしないからっ!」
すると雪男の腕が強くなる。
「違うよ、言いたいのはそうじゃない!」

雪男は思わずこぼれた涙を指先で拭った。
「子供の頃泣いてばかりだった自分が嫌いだった。でも・・・兄さんの涙は可愛いと思う。
 これが・・・愛しいって感情だろう・・・・?」
「!」
そのまま燐の瞼を口付けた。涙を吸って、睫毛を感じて、頬にも、
「ゆき・・っ!!」
そして唇に・・・・


「っは!・・・雪男っ!今!」
燐が真っ先に顔を上げる。涙も吹っ飛んだ。
「うん。しちゃった・・・・」
「いいのかよっ!」
「いいんじゃない?僕等は家族だし、兄弟だからね・・・・」
「だって・・・普通。兄弟でって・・・」
燐が見つめた雪男は目を細めて笑っていた。
だけど、目が・・・
雪男の目が・・・・
「・・・・・」


「兄さん。戻って来てよ。兄さんが傍にいなきゃ僕のやってきた事は意味が無くなってしまう。」
「あ・・・」
「例え兄さんが嫌だって言っても、僕はもう、辞める事は出来ない。」
「雪男・・・」
雪男は燐の肩に回していた腕を放し、燐の両頬を包んだ。
顔を覘き込んで・・・視線を放さぬように。
「僕が好きなんでしょう?だったら、ちゃんと傍にいてよ。僕を意味の無い男にしないでくれ・・・」
「う・・・うん・・・しない。しないよ!」

燐は雪男の胸に飛び込んだ。両脇に腕を回して、自分よりも体の大きい弟にしがみついた。
「雪男好き・・・!」
雪男の腕も抱き返してくれた。強く。
「本当は、俺・・・もっと言いたかったんだ!」
「何?」

「雪男・・・凄い、スッゲェ!・・あっ!大好きっ!!」
「あっははは!!」





雪男が医務室の扉を閉めた。
燐は雪男の行動を黙って見ていた。
「帰ろうか?」
「もう帰れるのか?」
「今日は1日休日にしてもらったんだよ。」

広い廊下を雪男に手を引かれて歩いた。
先月の、あの夜もこうやって雪男に手を引かれて部屋に戻った。
あの時は何で涙が出るのか解からなかった。

解からなくて、恐かった。
知らなくて、恐かった。



「ねえ、兄さん?」
「ん?」
「もし、悪魔にならなかったらって、思ったりする?」
「えっ・・・・」
「悪魔にならなかったら、普通の人間から生まれてきたら、孤児じゃなかったら、双子じゃなくて歳がはなれていたら、」
「バカか雪男!そんなん思ったって変わるわけねーじゃねーか。」
「もし、だよ。」

「・・・・・・」
「・・・・・・」

「俺は・・・もし、悪魔じゃなくて普通の人間で、雪男もエクソシストにならなくても・・・」
「・・・・・・」

「雪男が弟なら雪男を好きになると思う・・・」
「・・・・・・」









「・・・・これが僕等の兄弟関係・・・だね。」

「・・・・へへ!」












おわり。






この作品の第一話は「遅れた兄弟関係」になります。
       第2話は「恋知る瞬間」になります。
       第3話は「恋知る瞬間2」になります。

★ここまで読んでくださりありがとうございます!

完結です。
「雪男はどんなんであっても、常に優位にいて欲しい。」という希望から生まれたお話です。
完成出来てホッとしました。長々有難うございました。



H23.10. 蜜星ルネ







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