ーー 恋知る瞬間 ーー


このお話は「遅れた兄弟関係」の続きになります。 最初にそちらから読んでください。紛らわしくてすみません。

朝、日の光が眩しい。雪男がカーテンを開けたからだ。
「兄さん、朝だよ。ほら起きて。」

俺の日常はこうして始まる。
「う〜・・・べんと〜作る・・・」
燐が体を起こすと雪男はなだめる様な笑顔を向けて燐の頬に触れた。
「じゃあ僕行くよ。遅刻しないようにね。」
コクコクとうなずく燐の肩をポンポンと雪男は寮を出た。
燐はその姿をまだ重い瞼の中見送った。

「また触った・・・」
燐は雪男の後を辿る様に自分の頬を撫でた。






燐と雪男は双子の兄弟だが、その生活はバラバラだった。
二人顔を合わせて食事は殆ど無い。朝食にいたってはほぼ皆無だった。
燐は顔を洗うと弁当作りに入る。自分の朝食はそのまま作りながら済ました。
『りん!おはよー』
「おはよお!クロ!出来たぞ!!」
『きょうは まにあわなかったのか?べんとー』
「いいんだ!昼前に雪男の教室まで持ってくからな!」
『いいなーりん。おれゆきおにぜんぜんあってないぞ』
「ああ、あいつ最近スゲー遅くに帰ってくるからな。」

正確にはあの日の次の夜から、雪男は今まで以上に遅い時間に帰ってくる。
夕食は作ってそのまま置いといてくれとの要望に、燐はその通りにした。
燐が眠る直前に帰ってくる雪男。クロはいつも夢の中だ。

「ただいま兄さん。下で夕食にしてくるよ。お休み・・・」
一週間この調子。


だが!俺は諦めないぞ雪男っ!!
昼直前に行けば自然とそうなるもんなんだ!
雪男に会って、それで、えっと・・・、なんだ!兄弟水入らずっつーものだな!

とりあえず昼に雪男の教室だー!!




お昼休み一番に燐は雪男のいる特進科の教室を訪ねた。
「ありがと兄さん、今そっちに行こうかと思ってたんだ。」
戸の柱に手を掛けて顔を出す雪男に燐は急に緊張し出した。
塾での奥村先生に慣れてしまって、学生雪男の姿はむず痒い。

「お、遅れて悪りぃな。立て込んじまってよぉ!」
助かったと雪男の顔は笑顔で燐を歓迎している。計画通りだ!
「でさ、おっ俺も弁当持って来たんだ、いっ、一緒にくっ食おうぜ!」
なはは!と気持ちは自然に、口は噛みながらも燐は言った。

「えっ・・・ああ、ごめん。クラスの子達と食べるからさ。」
雪男の視線が背後の教室を指した。特進科は燐のクラスと比べて人数が少ない。
そのせいか昼休みになったというのに教室の中は静かだった。
燐が中を見ればこちらを見ている女子が1、2、3、・・・5人はいる。
「そっそうか、なんだ!雪男ぉ!モテモテじゃねーかっ!」
5人の女子に囲まれる雪男の姿が簡単に想像出来て、燐はウリウリと肘で雪男の胸を擦った。
「ちょっと、やめてよ兄さん。」
「じゃっじゃあ、俺戻るわ。」
「ああ、また塾でね。」

燐は来た廊下を戻った。最後は雪男の顔をまともに見れないまま別れた。
両手にある自分の弁当が急に恥ずかしくて隠す様に抱え込んで歩く。
このまま自分の教室で食べるには何だか帰りづらい。
燐はし行き場がなく裏庭に向かった。

お気に入りの馬鹿広い裏庭。燐はその全てが見渡せる庭の端に座った。
綺麗に手入れされた植木に花壇。先には噴水の水しぶきが輝いてる。
持参の弁当を広げて食べていると、数十分前に別れた雪男が珍しく走ってやって来た。
「雪男っ!」
「兄さん!良かった会えて、・・・・てないよね。」
雪男は来るとすぐに燐の顔を覗き込む。
「何だ?!お前、弁当は・・・何か変だったか?」
まさか腹でも・・・と不安気な顔をした燐に雪男は首を振り、
「急いで食べ終わったよ。まあ、お昼ぐらいはクラスの子達に付き合わないとね。」
そう言うと、ニコリと笑って背筋を伸ばした。
腰に手を当て、外の澄んだ空気を大きく吸い込む姿が様になっている。
燐は雪男を見上げると、箸を宙に浮かせて見蕩れていた。
目が合って慌てて弁当に顔を向ける。
「あっ・・あの女達、雪男の背と頭しか見てねぇぞ!」
「解かってるよ。でも、僕は背と頭だけの男じゃないでしょう?」
あはは!と雪男は笑って返した。

「ふん!言ってろぉ!」

燐がぶっきら棒に雪男に向けて手を振り払うと
「兄さん・・・大丈夫そうだね?」
「何が?」
すると雪男はしゃがんで燐と視線を合わせ。
「今日は早めに帰るよ。塾じゃあプライベートな会話は出来ないから伝えたかったんだ。」
「そっそうか!?じゃあ今夜は旨いもん作って待ってるからなっ!!」
ニッカリ笑顔を出した燐に雪男も微笑みを返す。
「普通でいいよ。大変だろ?」
「いいんだ!クロも喜ぶぞ!へへっ!楽しみだな!」
「・・・・うん。」


すると雪男は今朝と同じ様に燐の頬に触れた。
「・・・・っ!雪男?」
実は毎日1回はこうしてくる。
「じゃあ、今度こそ塾でね・・・」
挨拶の様に軽く触れて、すぐに手は放れた。

雪男の後ろ姿を見送りながら、燐は痺れるような熱さを頬に感じていた。









祓魔塾では通常の学校よりは一日の授業数は少ない。
今日の最後の授業は雪男の悪魔薬学だった。
雪男が来るまでの休み時間。燐はチロリと横に座るしえみを見た。
にこにこと悪魔薬学の準備をしている。


楽しみだったりすんのかな?雪男の授業。
雪男ばっかりモテてんのな・・・

燐が隣で顔を膨らませていると
「ほら、読んだわよ!」
しえみの机の上に一冊の本が乗せられた。
「あ、ありがとう神木さん、どうだった?似てたでしょ。」
「ビジュアルだけわね。」

「ん?本?何だぁ?」
机の本に興味を出した燐にしえみが振り向いた。
「ああ、燐も読んでみる?雪ちゃんにそっくりの男の子が出てくるの。」
「なんだ雪男かよぉ〜」
しえみの柔らかい微笑みと呼んだその名に燐は顔をしかめた。
「そっくりには同意出来ないけどね。奥村先生はこんな優男じゃないわよ。」
出雲はしえみの言葉を否定した。
「やさおとこ?」
「ただ黙って主人公見てるだけなんて・・・奥村先生って、そういう恋愛って・・・するかしら?」
自分の言葉に自信がないのか、出雲は首を捻りだす。
「雪ちゃんは優しいよぉ!きっとそっと見守ってくれるんだよ。そうだよね。燐!」
「ええ〜俺に聞くのかよぉ!」

その時、教室の扉が開けられる音がした。
「はい、授業を始めます。皆さん席についてください!」
「あ、雪男・・・・」
三人の生徒の視線が雪男に集中する。
「何ですか?神木さん席に着いてください。」
「ふふ、はーい!」
出雲は意味深な仕草をして席に着いた。
それを見てしえみも教科書に顔を隠しながらクスクス笑う。
「なっ何ですか?」
「・・・・・」
女って何考えてるか解んねーな。





今日の授業も全て終わって、燐は寮の部屋に帰って来た。
鞄を机の上に放り投げて着替えを始める。
『りん!きょうは、なにしてあそぶ?』
「んあ?ああ、今日は雪男早く帰って来るって言ってたからな。今からスーパーに買い物だ!」
『きのうもいったぞ』
「まあ、そうなんだけど。今日は特別な!肉買いに行こう!」
『いこう!いこう!』
クロは喜んでニャアンと答えた。

燐は帰り道、ずっと今夜の献立に料理の手順をシュミレーションして帰って来た。
鞄を机に投げたら早速買出しだ!
燐の足が自然と速くなる。


やっぱ料理は一緒に食べてこそだ!
普通に思う事だ!
美味しいと言ってもらいたわけじゃねぇけど、食べてるところをちゃんと確認したい。
だけど、ちょっとは雪男が旨いと言いやすいもんを作らんとな!

ここ一週間、雪男の帰りが遅いのは何となく解かってんだ。


あの時・・・

あの夜、俺が何でか泣いたりしたから雪男の奴、気にしまくってんだ。
アレはちょっと気がおかしかっただけなんだ。
兄弟なんだからその辺考えてくれたっていいのによ。雪男のカタブツめ!



スーパーから帰って、燐は真っ先にも食堂に入った。
『りん!なにつくるんだ?』
「ハンバーグだ!6時過ぎたら焼き始めるぞ。雪男が帰って来んのにちょうど良いだろ!」
『はんばーぐぅ!』
燐の腕捲りにクロは飛び上がって喜んだ。

6時ピッタリに肉がフライパンの上に乗った。油の弾ける音が響く。
「へへ!ハンバーグは旨いぞークロ!」


「へえ、今日の晩御飯はハンバーグかあ。」
料理真っ最中の燐にひょっこり食堂に入って来た雪男が声をかけた。

「わあ!雪!もう帰ってっ!アッチィ!」
その声に驚いた燐が体をよじって後ろを振り向いた。

「えっ!!兄さん、火傷!?」
「うへぇ〜フライパンで腕擦ったぁ」
燐は腕の外側を上げて見た。
「馬鹿っ!すぐ冷やすんだよ!」
顔を上げる間も無く雪男に水場に引っ張られる。
「わあ!」
勢いよく開けた蛇口の前に腕を入れられる。流れる水で腕を冷やされた。
「雪男・・・俺、悪魔だからさ。」
「・・・・」
雪男は言葉を返しもせず黙って水を掛ける。

燐の腕に付いた真っ赤に一本膨れ上がった火傷は、数分でみるみる腫れが治まっていく。
「ほら!治った!もういいだろう?」
「・・・部屋で手当てをしよう。念のためだよ。」


燐と雪男は焼き途中のハンバーグをおいて、部屋に戻った。
「気にしずぎだって雪男。」
二人お互いの椅子に座って向かい合わせ。
燐は腕に薬を塗られ、ぐるぐると包帯を巻かれる。
「明日の朝には取ってもいいから。火に不注意の兄さんにはこの位の要注意がちょうど良いんだよ。」
「何だよそれ。」
「はい、出来た!医者要らずでありがたいなぁ〜兄さんは。」
「う〜・・あ、ありがとよ。」
綺麗に巻かれた左腕を見る。

「・・・・・・」
ふいに頬に手のひらを感じて燐は雪男に視線を上げた。
雪男は毎日、毎回、何かを確認するかの様に燐の頬に触れるのだ。
あの夜から。
「大丈夫?」
「ああ、」
「泣いたりしないでね。」

その言葉に目の前がカッとなる。燐は大きく雪男の手を振り払った。
「やめろっ!毎日毎日!バカにすんな!!」
「っと、馬鹿にはしてないよ。僕は心配しているだけなんだ。」
「何で・・・?」
その質問に雪男は眉と肩を上げて返した。
「遅くなったけど、戻って食事にしよう。」

結局答えを聞けぬまま、食事をし、風呂に入り、課題を済ませて眠った。
大した会話もないままに。
楽しみだったのに、つまらなくなってしまった。

楽しみだったのに・・・






翌日・・・

「燐!その腕どうしたの?」
しえみが燐の腕に巻かれた包帯を着物の端をつまみながら指さして聞いた。


今日の祓魔塾はお休み。
燐は前に約束していたしえみの庭の手伝いにやって来た。
ヨウ!と庭の中で土いじりをしているしえみに鉄格子の門の外から声を掛ける。
挨拶に手を上げると、しえみにはまず包帯に目が行ったらしい。
「あ、ああ、昨日フライパンでよぉ。ちょこっと。」
「大丈夫なの?」
「ああ、本当はすぐ治ったんだ。なのに雪男の奴が大袈裟なんだよ!」
しえみは立ち上がり燐に近づいてその腕を見る。
「雪ちゃんが手当てしてくれたなら安心だね。」
しえみは雪男の名を聞いてニコリと笑顔を見せた。
「おう!」
「さっきね、雪ちゃんから店に電話があって予約注文分買いに来てくれるって!」
「ええ〜また雪男かよぉ」
「ふふ、お母さんには言ってあるから雪ちゃんが来たらお茶にしようね。」

それから二人は終わった花を抜いて、庭の土に肥料を撒き、夏がくるからと向日葵の種を植えた。
手が慣れない燐は種一つ植えるにも時間がかかった。
もうすぐ夕方になる。日の色が変わってくる。
「雪ちゃん遅いね。」
しえみは庭から広がる空と橋を見下ろしながら言った。

「ねぇ、燐。恋した事ってある?」
「えっ?なっ何だよ急に!」
「私ね、ずっと家にいたから恋ってよく解らないの。本読んでも、」
「俺だってわかんねぇよ!中学はさぼってばっかだったからよ。」
「そうなんだ、じゃあ雪ちゃんは?雪ちゃんは誰か好きな人いるのかなぁ」
「しっ知らねぇよ。そんなの。聞いた事もねぇ!!」
「話とかしないの?」
「・・・・・・・っ」
しえみの不思議そうな顔が燐の言葉を待つ。


「・・・・・しない。」

「男の子だもんね。恋愛のお話は好きじゃないかな・・・?」
「ああ・・・・」

「しえみさん!兄さん!お上さんから聞いて・・・兄さん本当に来てたんだ。」
雪男が祓魔屋の家屋から外に出てきた。庭への階段を降りてくる。
「雪ちゃん!」
「雪男・・・・」


しえみが立ち上がって雪男に駆け寄った。二人楽しそうに話始める。



・・・・・・・・・
知らない・・・!
何も、
雪男が誰が好きかなんて、何考えてるかも解かんねぇ・・・・

何で気付かなかったんだ・・・

いつから?
俺・・・いつから雪男の事・・・・・



その時、グニャンと燐の視界が歪んだ。
目が開けてられない。
「うっ・・・・」
背後で様子のおかしい燐に二人も気付いた。
「!?兄さん!」
「燐!どうしたの!?」
しえみが賭け出した時、燐は草むらの上に倒れてしまった。




コツンコツンと規則正しい音と振動で燐は目を開いた。
体が宙に浮いている。
雪男に横抱きに運ばれているのだと分かった。
寮の廊下の中。
「気が付いた?」
「雪男・・・」
燐が顔を上げると雪男の足が止まる。
「兄さん。しえみさんの庭で倒れたんだよ。覚えてる?」
「確か、何か急に目が回って、」
「日の光に当り過ぎたんだよ。悪魔は暗闇で活動が活発になる。その逆の事に気付くべきだったね。」
「そうか・・・」
「立てる?」
雪男は燐を降ろそうと腰を屈めた。

「嫌だ!」
「ん?」
「嫌だ!ここまで運んだんなら部屋まで連れてけよぉ!!」
燐は体を寄せて叫んだ。
「えっ?何?もう、しょうがないな兄さんは。じゃあ、落ちない様につかまっててくれる?」
燐はギュウと雪男のコートにしがみついた。
「意識の無い人運ぶのは大変なんだよ。重いし。」
歩き出してくれた事にホッとした。すると、先程急に叫んでしまった自分が甦る。
「ごめん・・・」
「何?急に。寝ぼけてるの?」
雪男はクスクスと笑いながら、燐を抱え上げる
「・・・・・」


部屋に入って、燐はベットの上にゆっくりと降ろされた。
「しえみさんと何してたの?今日は学校もお昼で終わったから、それからずっとお邪魔してたの?」
床に片膝を着いて雪男はベットに座った燐を見上げて訪ねた。
「いいだろ。別に・・・」
「良い事だよ。しえみさんは優しいし、芯もしっかりしている。素敵じゃないか。」
「!しえみの事が好きなんか?」
「は?」
「雪男はやっぱ、しえみが好きだったのか?」
「ちょっと待ってよ、何で僕の話になるの?」
「・・・・・・」
燐の言葉が止まる・・・
「兄さん・・・どうしたの?しえみさんと何かあった?」
「・・・しえみが、お前は誰が好きなんだ?って・・・」
「ああっ!なんだ、それなら大丈夫。僕はしえみさんも誰も想う人はいないから安心していいよ。」
「誰も?」
「うん。」

「みんなお前の事が好きなのに、何で誰も好きにならねぇんだ!?」
「っはあ?」
「っ・・・・・」


変な事言ってるって解かってる・・・
でも知りたいんだ・・・・
知りたくて、知りたくて・・・


「ちょっと兄さん、どうしたの?」
雪男が燐の腕に触れようとする。
「っ!さわんなっ!!俺は泣いたりなんかしないっ!」
燐の腕が逃げる・・・
「!」

「泣きそうなの・・・?」
雪男が立ち上がった。
「だから・・・泣いたりなんかしないって・・・」
自分より上背の高い雪男に見下ろされて燐はますます下を向く。
数秒の間に雪男が動いた。
燐の頬を毎日そうした様に触れる。
だが、今日は両手を使って包みこむように触れた。

「雪男・・・」
燐はそのまま雪男に促され顔を上げる。
「・・・・・」
「なんだよ・・・何でそんな顔するんだ!?」
「!」
驚いた雪男の両手が放れた。
「雪男・・・」

雪男は腰を下げると
「・・・・・お上さんからお弁当を貰ったんだ。今日はこれを食べてもう寝よう。」
床に置かれたままの荷物を集める。
「なあ、雪男!お前、何考えてんだ?」
「何も?」

「何もはないだろう?」
「言ったでしょう・・・・僕は心配しているだけなんだ。」
「・・・・・」





朝、日の光が眩しい。雪男がカーテンを開ける音が聞こえた。

「・・・・・ん・・・」
燐が目を覚まし、体を起こすと、そこに雪男の姿はなかった。

燐は時計を見るや飛び上がり、部屋を出た。
雪男の足音が、階段を降りる音が聞こえる。
まだ間に合う!
「雪男っ!!なんで起こしてくれなかったんだ!」
雪男が寮の扉を開くかの所で燐は中二階の階段から声を上げた。
「・・・・残念。もう起きちゃった?」
振り向く雪男と目が合った。離れた距離に息がつまる。
「弁当作る時間が無くなっちまうだろうがっ!」
「食堂にメモとお金を置いておいたから。もう弁当は作らなくていいよ。」
「なんで・・・?」
「兄さんだって学生だし、二人分も大変だろう?僕の分はもういいよ。」
「なんでだよ?俺は雪男の弁当作りたいのに・・・」

「・・・・ねえ。それ、何かおかしいと思わない?」
「は?」
「ここ最近の僕等の会話はずっとおかしかった。気付かない?」
「なんだよ!変な言い方するなっ!」
すると雪男は息を吐き出し、手にしていた鞄を置く。

燐に両手を広げて見せた。

「ほら、おいで。兄さんの大好きな雪男が兄さんを抱っこしてあげるよ。」
「はっ!?お前っ何言って!」
仰天した燐に構わず雪男は続ける。
「こんな事、2度とは無いかもしれないよ?いいから。さあ、おいで。」
「えっ・・・え・・・・」
燐の足が促されるまま、一歩階段を降りる。
そしてまた一歩。一歩。ゆっくりと。

雪男の鋭い視線が燐を見つめていた。その歩みを・・・・
恐る恐ると燐が雪男の前に来ると、
「さあ!」
ぐいっ!と腕を引っ張られ、雪男の腕の中、胸の中へ・・・
自分よりも高い背、広い胸に包まれる。

「ゆっ雪男っ!!」
「うん。可愛いね。兄さんは・・・」
「なっ何言ってっ!」
聞き慣れない言葉に抵抗した燐は雪男の腕から抜け出そうともがいた。
それを逃すまいと雪男の力がギュウギュウ強くなる。
「うあっ!やあっ!雪!」
「嬉しいくせに。」
「!」

「嬉しいだろう、兄さん。僕に抱きしめられて・・・・」

頭の中が真っ白になった。
嬉しい?
雪男に抱きしめられて・・・
嬉しいわけ・・・は・・・

続きの答えを聞きたくて燐が顔を上げる。
雪男は燐を見はしなかった。
「泣くなって言っただろう。」

「うっ・・・あ・・・・あ!」
燐の眼から大粒の涙がこぼれていた・・・・
体に回された力強かった腕は緩み、燐から雪男の体が離れていく。
「これはっ違っ!?」
燐は信じられない!と自分の頬を指で辿る・・・

雪男は両手を上げてニコリと笑い・・・
「はい!おしまい。」
「え・・・・」
燐のせつない視線を感じながらも雪男は言葉を続ける。
「兄さん・・・僕等少し距離を置こうか?」
「!・・・・」
「解かるだろう?僕等兄弟なんだよ。男同士だしね。」
「え?・・・解かんねぇよ・・・何言ってんだ?」

雪男は何事も無かったかのように、鞄を持ち、あっさりと今日の予定を伝えるように言った。
「しばらくは会話もほどほどにして、ゆっくり関係を戻していこう。」
「・・・本当何言ってんだ?お前の言ってる事めちゃくちゃだぞ。」
「わかったね。」
雪男は背を向けドアに手を掛ける。

その背中に、その瞬間に、なんとも言えない焦燥感。
「いっ嫌だ!!」
燐はとっさにしがみついた。もう恥ずかしさも抵抗も無かった。

「嫌だっ!雪男!!もう泣いたりしねぇから!そんな事言うな!なっ!」
雪男が振り向き燐の顔を覗き込む。
「雪男!うあっ・・・うっ・・・」
泣かないと言った傍から、燐の瞳からはまた涙が溢れた。
「うえっ・・・ごめっ・・・」
止まらない・・・両手で涙を拭った。
「学校には顔洗って来るんだよ・・・」

燐が顔を上げた時には、雪男は扉から出て行ってしまった。
「雪男っ!」
続けて扉を開けると、そこには雪男の姿は無く、早朝の澄んだ空気だけが広がっていた。
雪男は鍵を使って出て行ってしまった。
何本も持っていた鍵束を思い出し燐は追いつけないと悟った。
その場に立ち竦んだ。


この後学校で塾で会えるとは単純には思えない。
雪男はさっき言った事をきっと徹底してくる。
もしかしたら無視までしてくるかもしれない。
・・・・・・・・

いつからおかしかった?
何が不味かった?

あの時・・・

あの夜、泣いたりしたのがいけなかったのか?
だって、しょうがないじゃないか。

嬉しかったんだから・・・

嬉しかった。

雪男が好きなんだから・・・・

好き。
好き、好きだ。雪男が好き・・・・


どうしよう・・・
恐い、嫌だ、恐い・・・・

雪男が恐い・・・





燐は止まらない涙を堪えながら

昨夜から腕に巻かれたままの包帯をそっと掴んだ。











この作品の第一話は「遅れた兄弟関係」になります。
       つづきは「恋知る瞬間2」になります。

★ここまで読んでくださりありがとうございます!

「遅れた兄弟関係」の続きです。さらに続く。。



H23.7. 蜜星ルネ







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