ーー きよしこの夜おめでとう! ーー



「へ?合宿?」
「そう、明日から一週間、もしくは二週間」
部屋の窓からは雪がちらついて見える。
今日は朝からもの凄く寒かった。思わず終業式をさぼるくらいに。
二学期最後の締めくくりの大事な日をいつも通りにさぼった燐はその理由を寒かったからにしようと、今思いついた。
ここは男子修道院宿舎だ。住み込みで勤めている者が十人程いる。
大勢の修道士と生活を共にする中で燐と雪男は唯一の子供である。
だが皆、燐がいつも通りに学校を昼前に帰って来ても、もしくは登校すらしなくてもそれを注意する者はいなかった。
保護者である養父も子供の頃から勉強しろなど言われた事がない。

実の弟である雪男は同じ様に育てられた筈なのに勉強が大好きで将来は医者になるという夢があった。
夢に向かう為に二学期早々に受けた有名私立高校に奨学金で入学が決まった。
終業式を終えてまっすぐ帰って来たであろう弟の雪男は二階の二人部屋で制服を脱ぎながら燐にその高校の特別合宿に
参加すると伝えたのだ。
「そんなの聞いてねぇぞ!」
「まあ、言ってなかったからね。宿に入ってご飯も、洗濯もしてくれるから平気だよ」
雪男は部屋着のセーターを被ると顔を出して答える。
「そうじゃなくて、学校終わったらどっか行こうって、昨日の晩飯の時みんなで話しただろっ!」
「それは正月明けの話だよ。もう数日でクリスマスだし、みんなクリスマス会の準備で忙しいよ、邪魔になるより気が
 楽になったよ」
「!なんだよそれっ……」
「兄さんだって子供達にクッキー焼いてケーキを作るんだろ?僕だけ何も出来ないし」
「それは明後日からやるんだよ!」
話はそこで終わってしまった。
話も途中に二人は下にいる修道士に呼ばれて天井の飾り付けの手伝いに向かった。
クリスマスが今年もやって来る。
毎年大掛かりな飾り付けは子供の頃はワクワクしたが中学に入る頃から燐にとっては憂鬱なものとなっていた。

「よーし!しっかり付いたぞ!」
脚立に上った修道士の長友が大声を上げて降りて来た。天井には小粒の電飾が無数に垂れ下がった。
クリスマス会の最後の見せ場で聖歌隊が歌う時に点灯される。
部屋の明かりも真っ暗な中でランダムに青光るライトがまるで粉雪のように写ってお客さんのムードも一気に高まるのだ。
燐は子供の頃からもう何回もホールの後ろから眺めたそのイベントを思い出して、そして想像する。
今年は隣に雪男がいない。
一人であの騒々しい一日を後ろめたさながらに過ごすのかと思うと恐怖かもしれない。

居場所がない……

自分は修道士じゃないし、お客さんでもない。
教会側だからといって堂々と子供達に「いらっしゃい」なんて言える訳がない。
自分は一体何なんだろう……

「飾り付けはもういいだろ?俺、晩飯の材料買って来る」
燐が支えていた脚立から手を放して言った
「じゃあ、僕も合宿の準備してもいいかな?」
「ああ、これから聖歌隊の人達がやって来て本番さながらの練習するんだ。俺達は戻るの遅くなるから二人だけで食って
 ていいぞ」
「へえ、今年は本格的だね」
「ああ!藤本神父がこだわって依頼したんだ、今年の聖歌隊は凄い上手い若い女の子の団体なんだと、藤本神父が喜んで
 言ってた」
「はは、嬉しいのは神父さんだけじゃないんじゃないの?」
「うっあっ?!」
雪男が軽くからかうと長友は急に顔を真っ赤にして大声を出した。
「図星だ♪兄さん逃げろ!」
燐は雪男に背を押され、つられて走った。
教会を飛び出すと雪男はそのまま宿舎に向かう。燐もそのまま後ろを歩いた。
子供の頃は大人と話をするのが苦手でいつも脅えていた雪男。中学に入る頃から急に大人びた態度をとるようになった。
見習い修道士達とは対等に会話をする。最近になると意見を言ったり指示を出したりしている。
「じゃあ僕は明日からの合宿の準備してくるよ、いい?」
勝手口を開けると雪男は振り向いて言った。
「ああ……?何だよ!」
顔を覗き込んで了解を聞く雪男に燐が一歩下がる。
「何処か行きたいところでもあったのかと思って、買い物手伝おうか?」
「っあ!いいよ、どうせいつものスーパーだし」
「荷物持ちしようか?」
「そんなに買わねぇ、ケーキの材料なら揃ってる。果物は作る直前に買いたいし……」
「そっか、じゃ、」
言うと雪男は勝手口から繋がる食堂を通って部屋に戻って行った。

その後ろ姿を見送ってから燐も棚上にある生活費が入った買い物財布を掴んで出掛けた。



「じゃあ、行ってきます」
「おう!気よつけて行って来ーい!」
早朝、窓の外から雪男と養父の声を聞いて燐は目覚めた。
朝早いとは聞かされてはいたが、こんなに早いとは思わなかった燐はその声に飛び上がって窓を開けた。
雪男の姿は見えない。ザクザクと肩掛け鞄が擦れる音が静まり返った場所に響いて聞こえた。
その音も小さく聞こえなくなると窓を閉めて、肩が落ちる。
「こんな日くらい起こして行ってもいいのによ……」

「おい、燐起きたか?」
声と同時に部屋のドアが開かれた。養父である藤本が中に入ってくる。
「なんだよっ、急に入ってくるなよ」
「……雪男は今行ったぞ、一週間、それ以上の期間の合宿なんだとさ、」
「それは知ってるよ」
「ああ、まあ話すに調度いいと思ってな。お前はどうすんだ?高校。
雪男みたいに名門校じゃなくたって、取り合えずどこでもいいんだぞ?金だって気にする事ねぇぞ」
藤本はここ最近何度かこの話を燐にしてきた。
「俺は高校はいいって言ってんじゃん、勉強する気ねぇし、なんかバイト探す」
「はぁ〜、まあお前の人生だしな。好きにするといいさ、進学しないとなったら小遣いはやらんぞ」
「わかってるよ!」
燐が少し声をあげると藤本は肩を上げて部屋を出て行った。
養父が閉じたドアを燐は見つめていた
「……」

出て行けとは言われない。
今まで言われた事は一度もないけど……

子供の頃とは違う
歳をとるごとに、ふと胸に思い出してしまう
自分はもらわれっ子で本当の親子じゃない

誰から聞かされた訳でもなく、いつの間にか自然と気がついた。
それがどういう事なのか理解した時、勉強も友達も将来もどうでもよくなっていた。
同じ状況におかれた筈の雪男は早々に医者になる夢を見つけて進みだしてる。

……
何もしたくない
部屋にいたくもないけど、学校も友達もどこにも居場所は作れなかったどこかに行きたくても行きたい場所が思いつかない。

「みんなの朝飯、作らねぇと……」
燐は髪をかきあげ部屋を後にした。






「皆様、本日はお集まり頂き誠にありがとうございます!」
教会の中央で藤本が挨拶の言葉を始めた。
町内から信仰の深い者にお祭り気分の者から、子供の楽しみにと家族連れの親子達が教会を埋め尽くしている。
毎日、数人しか訪れない場所だがこの日ばかりは満員だ。
「クリスマスの日に皆様とご一緒出来る幸福を神に感謝致します」
燐は一番後ろのはじっこに壁を背もたれに立っていた。
イベントは毎年同じ。最初に神父の言葉で今年一年の話をした後、長友達のイエスキリスト誕生の演劇をやって、
燐と雪男が通った幼稚園児のお遊戯、その後サンタの格好に扮した藤本が子供達にプレゼントを配る。
喜んだ子供達とひとしきり騒いだら、ラストは雄志の聖歌隊にクリスマスソングを歌ってもらって終わる事になっている。
毎年同じ事をやっているのに子供達はみな瞳をキラキラさせて神父に注目している。
長友達の演劇ではイエスキリストの誕生の見せ場の所でキリスト役の巨漢が裾を踏んで立ち上がった為、
首から被った白の衣装が破けてしまい会場は大爆笑に包まれた。
それには燐もつられて大笑いした。
慌てて飛び出した長友がキリスト役の頭をパカパカ叩いて退場するのも更にウケた。
「あははっ!あいつドジだよなぁ!ゆき、」
お腹を抱えた燐はつい横を振り向き、つい居ない者の名を呼びそうになった。
「あ……」
毎年一緒になってここから眺めた。
今日は雪男がいない……

「……」

まだ会場が笑いの中で大扉が大きく開いた。
ステージを向いていた観客達、特に子供達が期待を込めてその音に大きく振り返る。サンタの格好をした藤本が笑顔で中に
入って来た。

毎年一緒にこの光景を眺めた。
子供の頃は二人一緒にプレゼントももらった。
二人で声を合わせて包みを開けたっけ……

雪男……

有名私立高校は寮生活になるみたいだし……
きっと新しい友達が出来て来年のクリスマスはそいつ等と過ごすんだろうな……

「さあ!皆さん!クリスマス会のメインイベント!大人の良い子もお待ちかねの聖歌隊の登場だぁ!盛大な拍手でお迎えください!!」
サンタ藤本が腕を振り上げる大扉から女の人達が胸に金の十字の刺繍を施された揃いの衣装を纏って入場してくる。
ホールの明かりが消され真っ暗になる。ざわついていたホール内が静まり返った。
長友が飾り付けたイルミネーションに明かりが灯った。
すると同時に彼女達がどっと動き出した、足踏み手拍子にを駆使して大合唱がはじまる。
こだわって聖歌隊に頼んでいると聞いてたけど今年は燐の記憶してる中で一番の歌唱力だった。
「す……すげぇー」
燐が呟くと隣のおばさんも燐を見ると黙って頷いた。まわりのお客さんも思ってもみない迫力に圧倒されてるみたいだった。

呆然と聴き惚れていると、あっという間に一曲目が終わった。
「ここまで聴いてくださりありがとうございます。この記念すべきクリスマスの日にここで歌える喜びに神に感謝いたします」

「……雪男もいれば良かったな……」

「次の曲は皆さんご存じの曲にしました。あなたの幸せとあなたの大切な人の幸せを、そして未来を星に願って一緒に歌いましょう!」

「雪男の……」 未来……


「「きよしこの夜」」











燐は宿舎に戻っていた。
胸が苦しくてたまらなくなって2曲目の歌が始まる寸前に教会を飛び出していた。
「はぁ、はぁ、」
少し息切れする。小走りに走ったせい。
燐は台所に向かうとグラスを手に水を注いでそのまま飲み干した。
ずっと喉が乾いていた。ずっと寒かった。



雪男の幸せを願うなんて俺には出来ないかもしれない……

雪男の受験なんて上手くいかなきゃ良かったんだ……



そもそもあんな私立学校に進学するなんていわなきゃ、
雪男の頭がもっと悪かったら、
そしたらここ出てって寮に行く事ならなかった……


まだずっと一緒にいれたのに……
雪男がいなくなったら俺……
どうやって過ごしていけばいいのかわかんねぇよ!




燐はもう一杯グラスに水を注ぐとテーブルの自分の席に座った。
その時、電話のコールが鳴った。
もちろん宿舎には燐以外誰もいない。今日はクリスマス会当日なのだから町内会の人だってみんな知ってるはずだ。

燐は暫く無視したがなかなか鳴り止まない音にしぶしぶ立ち上がった。
のそのそと電話台まで歩く。
「……はい、もしもし……」
「あっ、兄さん?居たんだ」
電話の主が直ぐに声を上げた。
「ゆっ雪男!お前、今まだクリスマス会やってんだぞ」
「だから、居たんだと思って、今こっちは休憩時間なんだ。で、どうだった?」
「ああ、劇でな、ヘマやらかしてお客さん大爆笑!スゲー笑ったぞ!」
「へえ、どんなヘマしたの?」
「えっと、キリストが立ち上がった時ずるーってみんな大慌てしてな、あっ!歌も凄かったぞジジイがこだわったっていうのも
 わかった!」
燐は雪男には見えなくても身振り手振りで見たものを伝えてやった。
「まだ聖歌隊の時間だよね?兄さん途中で抜けて来ちゃったの?」
「えっ?うん……なんかつまんなかったしさ……」
燐の返答に受話器の向こうの雪男の呼吸が止まる。
「……もしかして、僕がいなくてつまらなかった?」
「……うん、一人じゃつまんねぇよ……」
「……」
「?雪男?……」
「わかった、じゃあ待ってて!」
「へっ?」
「あ、呼ばれた、切るから」
「あっああ、」
そのまま通話が切られた。燐は掴んだままの受話器を見つめる。


じゃあねってどういう事だよ……
つまんねぇって言ったら雪男どうするつもりだ?

あ?

……?……俺、今、雪男がいなくてつまんねぇって言ったのか?

うわっ!恥ずかし!弟にっ!!



だんだん顔が熱くなってくる。燐は受話器を置くと外からざわついた人々の声に気づいて出て行った。
薄付いた頬のままに帰りのお客さんを見送った。




「燐は本当に打ち上げ来なくていいのか?」
若い女の子二人に挟まれた長友が嬉しさ隠しきれない顔で燐に訪ねた。
「俺、未成年つーか中学だし飲み屋なんか行きたくねぇよ」
「そうか……まあ、そうだな。じゃあ戸締まり頼むわ。片づけは明日全員でやるから」
「ああ、」
そう言うと長友に他修道士達は、聖歌隊の女の人達と楽しそうに出掛けていった。

長友達が出て行った玄関に鍵を掛ける。
「本当に行かなくて良かったのか?」
後ろから声を掛けられた。燐が振り返れば白髭が外れたサンタ姿の藤本が燐を優しく見ていた。
「別に、俺が行ったって邪魔なだけだろ」
「それで行かなかったのか?」
「そうじゃねぇよ!ジジイこそ何で行かなかったんだよ」
「若いもんの邪魔しちゃ悪りぃだろ?それに、まだ中坊の息子一人残して行けねぇしな」
「何だよそれ、俺のせいかよ……」
燐は藤本を歩き越えると台所に向かう。さっき出来上がったばかりのシチューが香が程良い加減で漂っている。
「飯作ったけどジジイも食うだろ?急いで作ったからおかずは昨日のチキンの残りな」
燐が後ろを歩くサンタ藤本に訪ねると後ろの藤本がダイニングテーブルを覗いて声を上げた。
「ああ、おい?何で雪男の分まであるんだ?あいつは任務、っ…合宿に行ってる事になってるだろ?」
テーブルの上には燐と藤本、そして雪男の定位置にチキンを取り分けて並べられていた。
「雪男からさっき電話あってな、待っててってよ、今夜帰ってくんのかもしれないだろ?」
「……そっそうか……そう、言ったのか」
「うん、あれから電話はねぇけど……」
「ああ、まあ、雪男は帰ってくるよ今日は無理でも明日とか明後日とかな……」
「?行く時は一週間くらいって言ってたぞ?」
藤本は席に着くと祈りのポーズを取る。
「そうだな、食べよう。シチューは帰って来た時によそってやれ」
「……うん」
燐はよそったシチューを並べると藤本から向かいの席に着き同じポーズを取った。





結局、雪男は帰って来なかった。
時計が十二時を回った。窓から夜空を眺めて燐はため息をつく。
雪がまた降り出した。朝にはきっと積もってる。これじゃあ帰って来るのも大変かもしれない。

ついに日付の上では明日になってしまった……
俺達の誕生日……
毎年、クリスマスの大仕事のお疲れさまを兼ねてみんなでケーキとご馳走を食べる。
世間話をしながらだらだら時間を掛けて食べるのだ。


明日は雪男がいないかもしれない……
それでもパーティはやるのだろうか……

雪男がいない中でおめでとうと言われるのか……
雪男と違ってなんの夢もない俺で……

その時ガチャリと部屋のドアが開かれた。同時に冷たい風と粉雪が燐の髪を横切った。
燐が振り返るとそこにはロングコートを纏いボストンバッグを肩から提げた雪男が立っていた。
「雪男!」
「えっ!兄さん、起きてたの?!」
「お前、こんな時間に帰って来たのか?何かすげー雪積もってね?」
「うん。凄い寒かった。向こうは大降りで足も埋まる位、雪山なんて初めてだったから歩きづらくて」
雪男は肩に乗った雪を叩くとバックを床に置き、ずっしりとしたコートを脱ぎ出す。
そんなコート持ってったっけ?と不思議に思いながらも燐はコートを受け取った。
中は見慣れた学ランが表れて燐は瞬間よぎった疑問を打ち消してしまう。
「何かすげー大変だったんだな……合宿ってそんな遠い所でやるのか?」
「うっうん……でも、帰って来れた……」
「ああ、お帰り雪男!」
「兄さんっ!」
急に雪男に抱きしめられた。冷たい体がスエットの上から伝わってくる。
「帰って来れたよ……本当はちょっと恐かったんだ」
「?……お帰り雪男……」
寒さのせいなのか少し震えている雪男の体をなだめられるようにと燐は同じように腕を回して背中をぽんと叩いた。
「はぁー落ち着いた。ありがとう兄さん」
「おっおう……」
雪男は体を放すと燐の顔を改めて見つめてくる。
「ぼっ僕がいなくて、つっつまらなかった?」
「へっ!!」
その質問に燐は昼間の電話を思い出した。
「っ……あ!……」
「つまらなかった?」
雪男は同じ質問を繰り返した。
「なっ……なんで、そんな事聞くんだよ……」
「違うの?」
「う……違、わない……つまんなかったよ……」
「うん」
雪男は肩の力を抜くとほっとしたした様に燐に笑顔を見せた。

「俺さ、雪男みたいに頭良くねぇし、勉強嫌いだし……」
「?うん……」
「俺なんかが生きててもみんなに迷惑かけるだけだしよ……」
「……何でそんな話になるの?」
「そんな話って、何か俺一人だと居づらかったつーか、お前は良いよ、ジジイにとっても自慢だろうし……」
「神父さんがそんな事言ったりした?」
「言わねぇよ!言わないから居づらいんじゃねぇか!」


「兄さん、神父さんはきっと兄さんがどんなになっても兄さんを追い出したりしないし、必ず兄さんを守ってくれるよ」
「何だよそれ……お前の事は……?」
雪男は頷くと
「僕も同じだよ。高校は寮生活だからここを出るけど、もっと勉強して経験して、もっと強くなる!」
「?…おっおう…」
輝かせた瞳で強く言った。まるで宣言しているかのように。
「高校の次は大学にも進学するけど……」
「……」
「その時は兄さんも一緒に来て欲しい」
「はっ?」
「神父さんがいなくても大丈夫になるように頑張るからさ」
雪男の話がどこか自分の理解出来ない領域に飛んでいる様で燐は首を傾げた。

「?何を?……」
「兄さんと二人暮らしするのが僕の夢なんだ!」

「へ?」
燐は雪男の顔を改めて見上げた。
いつの間にか自分より背が高くなった雪男。さっき抱きしめられて体つきもなんかごつい。
「駄目?」
「駄目?ってお前、夢は医者になる事じゃなかったのかよ!」
「それは子供の頃の夢だよ、今は医者になる予定で、夢は兄さんと二人暮らし!」
「なんだそれ……」
「嫌?駄目?」

「駄目?って、兄弟だから一緒に暮らすに駄目もねぇよ、頑張れ雪男!」
「そうか、良かった頑張るよ!」
その時、雪男が屈んだ。
「えっ?」
燐の唇にそっと触れた。雪男の唇。
「なっなにすんだよっ!!」
燐は慌てて雪男の体を押し出した。
「えっと……盛り上がったから……」
「ふぁっ!?」
燐は頭の中がパニックになった。実の弟にファーストキスを奪われた衝撃が心臓を走り出させた。
「なっ、ばっバカじゃねぇのっ……っ……普通するかよっ!」
みるみる顔が赤くなっていく。お腹の奥から胸の上へと広がるじんわりとした熱さに嫌じゃないんだと感じた。
「うっ……ごめん、そうだよね……何か嬉しくてたまらなくて……」
「ううっ……」
二人顔を真っ赤にして見合ってしまう。
「僕、シャワー浴びてくるよ、兄さんは寝てて」
「あ……なあ、飯食ってるか?今日シチュー作ったけど、あっ明日にするか?」
雪男はその言葉を聞くと急に腹をさすって、
「あったら食べたい、予定より早く完了出来たから僕達下っ端はそこで解散になったんだ」
「じゃあ、シャワー行けよ!俺シチュー温めといてやるから!」
燐と雪男は並んで廊下を歩きだした。みんな飲み会に行ってしまい人気の無い静まった廊下を二人の足音が響かせる。

「おい、燐!お前こんな夜遅くまで、お前は寝るじ……!」
足音に気づいた藤本が自室から顔を出した。
「神父さん、ただ今戻りました」
藤本は燐の隣にいる雪男を見ると一瞬固まって、じわじわ笑顔が込みだしている。
「おお、……戻ったか!まあ、お前なら大丈夫だと思ってたよ」
藤本が雪男の肩をバシバシ叩く。
「はい!……あはは」
叩かれて照れたように笑う雪男の姿を燐は誇らしげに眺めた。


三人で食堂に入るとちょうど勝手口が開いた。
「あ〜藤本先生!長友、無事飲み会から戻りましたぁー!!」
長友が真っ赤な顔をして修道士二人に抱えられながら入ってくる。
「夜中にデケー声張り上げるな!飲み過ぎだバカヤロウ!」
静まり返っていた宿舎が急に活気づいた。
ぞろぞろと連なって食堂が修道士でいっぱいになる。みんな各々で雑談を始めだした。


燐がそのまま鍋に向かおうとすると後ろから肩を掴まれた。
「兄さん、僕シャワー行ってくるから」
「ああ、わかった!」
「明日は片付けだろうけど、あっ明後日はどっか行こうか?買い出しとか何でも……二人で……」
雪男が何を言おうとしているのか何となく感じて燐の頬がまた赤くなった。
「……お!おお、」

「その……誕生日だしね……」
「……うん、行こう!……俺、ずっと雪男とどっか行きたかった!」


この冬休み、雪男と二人で出掛けるのが燐の楽しみになった。


雪男と二人暮らしが燐の夢になった。


















おわり

★読んでくださりありがとうございます。

奥村兄弟お誕生日おめでとうございます!
H25.12. 蜜星ルネ
 

「ずっと一緒ありがとう!」(漫画)とちょっと繋がってます





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