ーー 今日は近くに ーー


バッシャーン 「きゃぁぁぁ てっ店長!」 突然の音に驚いた。 気づいたら店を飛び出してた。 その背中しか見てなかった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ここはパンタジア南東京支店。 春の暖かい季節の中。お昼のピークを過ぎ、店はガランと平穏だった。 今日の接客担当は東。 一人で店にいるのはなんだかつまんない。 接客はあんまり好きじゃない、苦手じゃ。 東は退屈を全身であらわした様にレジ台に突っ伏してた。 もうすぐ新人戦が始まるーーーー いつもならこんな時間には、新作ジャぱんのアイディアを考えてる所だけど 今日はそんな気になれなかった。 最近・・・・ 酷くはここ1週間。店長と月乃、河内の様子がおかしい。 話かけ辛いし、何も聞いちゃいけない雰囲気だった。 月乃は河内を鍛える為だとトレーニングの本をいっぱい読んでるし。 店長はあんまり店にやって来ないけど、来ると必ず河内と怒鳴りあってる。 河内は、もうずっと下宿部屋に帰って来ない。 最近はずっと誰とも話が出来ない。 今日の店番も俺には入ってくるなと言ってるみたいじゃった。 みんな河内の為・・・ みんな河内ばっかり応援してるんじゃ・・・ 河内ばっかりずるい・・・ その時。 バッシャーン 「きゃぁぁぁ てっ店長!」 突然の音に驚いた。 「なんじゃぁ?」 さすがの東も顔を上げると、あまりの音におそるおそるドアをのぞいていた。 店長?・・・ 「なにするんや!!」「河内さんっ!」 何?河内?!・・・・ 「んなチンケな努力で新人戦で生き残れるわけねぇだろ!」 「なっなんやとぉぉ!!」 河内は水浸しだった。店長が手に持ったボールでかけたのだと見て分かった。 「やめて下さいっ店長!河内さんも落ち着いて!」 月乃はあわてて店長と河内の間に入る。 「月乃、こいつを甘やかすなよ。」 「・・・・。」 「今日のフランスパンは優しく言って30点だ。ちなみにお前が最初に持って 来たヤツは60点な。邪心がパンに表れてるんだよ!」 「くっ・・・」 「今日はもういい。頭冷やして来い!」 河内は出て行った。ヒタヒタと水浸しの姿で・・・ 気づいたら店を飛び出してた。 河内・・・・ 追い着きたいのにとどかなかった。 どこに行ったかなんてわからない。 河内は足が速いのか、あっという間に見失ってしまった。 あの時、飛び出して河内に駆け寄りそうになってた。 『大丈夫か?』って・・・ でも、俺が出ちゃきっとイケナイ。それくらいの判断はつく。 だけど・・・ 「はぁ 河内・・・何所行ったんじゃ・・・」 河内を見失ってから随分経ってしまった。 近くの人通りを一人で歩いてみる。背の高い薄紫の制服は見つけられない。 ・・・もういいじゃんか。 店長も月乃も新人戦、新人戦って河内に無理させて、ヒドイ事言ったりして 河内が可哀想じゃ・・・ 河内のフランスパンは美味くなってる。 味覚はあんまりな俺にでもわかる。店長は自分の得意なフランスパンじゃから きっと意地悪言ったんじゃ・・・きっとそうじゃ・・・ そういえば。南東京支店に来て河内と初めて作ったのがフランスパンじゃったっけ フランスパン・・・・ 「食うやんか・・・」 「何やねん30点って・・・わけわからん。」 河内は店長行き着けの競馬場に来ていた。 初出勤の日、あの日もフランスパンを持ってここへ来た。 あの時は東と二人。店長に認めてもらう為に。 そして、今は店長の言葉の意味を理解する為に。 太陽の手甲も完成に近づいてる。材料に間違いはあらへんかった。 おそらく、これがワイと東の差なのだろう。 店長はそこに気づけよと言うとるんや。そこは解るのやけど・・・ 「それがわからへんねん。」 河内はそのまましゃがみ込んでしまった。 「ふうーー。」 あいつは何を考えてパンを作っとるんやろか。 ジャぱんか・・・。 東の顔が思い浮かんだ。ニコニコ笑って、キラキラ目を輝かせて。 あの顔は今は見とうない。 最近では、特訓と銘打って東をさけて過ごしている事に皆にも気づかれてきていた。 東も前の様に無邪気に、また、無理に話しかけて来なくなった。 わるい事をしている気はある。東が自分に懐いてくれている事も本当は気づいてた。 だけど・・・ はぁ〜 「河内ーーー!」 後ろから名を呼ばれた。聞きなれた声に。 「あっ東?なんでや!?」 今は見たくはなかった顔が河内に向けて笑っていた。 「良かったここにいたー!」 東はそのまま河内のそばまで走り出した。 「何やお前・・・ここまで来て・・・。」 「河内の後追いかけて来たんじゃ。途中で見失っちゃったけど、ここじゃないかって 思ったんじゃ!」 ついさっき思い浮かべた顔が河内に向けて笑っている。 河内はただ目を細めるだけだ。見上げるのは苦しい。 「そうか・・・っと・・・」 「はは、何やえらい所見られてたんやな。自分だけで気づかんかったわ。」 河内は立ち上がるとそのまま前を歩きだした。 「うん。エヘっ。・・・あっ 河内?・・・」 何か言ってくれるのかと思っていた。 『心配してくれたんか、ありがとうな。』とか・・・ 『アホっ!店はどうしたんや!!』とか・・・ だけど河内は東を見ようともしなかった。 背中が言っている。話しかけるなと・・・近寄るなと・・・ なあ・・・ もしかして、俺が一緒じゃ嫌なのか? 俺より月乃や店長の方がいいのか? ・・・・・。 ずるいよ・・・ みんなずるい・・・ みんなばっかりずるい・・・ 俺だって河内の応援がしたいんじゃ・・・ 俺だって河内と一緒にパンが作りたい・・・ 河内と話がしたいのに、河内の傍にいたいのに、 だけど・・・か・・河内は俺じゃ嫌なのかもしれない。 前を歩く広い背中を見た。 見るだけで胸がドキドキいってるのがわかる。 「あーー なあ、東。」 「んっ な何?」 「しばらく考え事したいねん。からやな・・・」 「−−−−。おっ俺が一緒じゃ嫌なのか・・・?」 「は?・・・」 河内は東の返しに思わず振り向いた。 そのまま、そおっと帰ってくれると思ったのだ。 「俺が一緒にいたら河内嫌なのか?なあ・・駄目なのか?」 胸がドキドキいってる。 「そういうわけやないけど・・・」 「・・・・」 二人の沈黙が続いた。 風は穏やかだし、日差しは優しい、春は暖かいのに・・・ 『今日』が怖くなったのは今日がはじめて。 せやけど苦しいねん今は・・・ 「あーー じゃあな、タバコ買って来てくれへん?マルボロのライトな。」 「たばこ?・・マ・・ボ?・・・」 「金なら渡しとくからな。頼むわ。」 河内は言うとすぐにズボンのポケットに手をやった。 東に渡されたのは1000円。 「河内。俺・・・たばこなんて買った事ないんじゃ。」 「ああ・・・せやったら店長にでも聞いてみるとええ・・・。な。」 「・・・・。」 ーーーーー。 帰れっていってるんじゃーーーー このお金で電車に乗って。 いつもなら気づかなかったかもしれない・・・ バカみたいに正直に店長の所へ行ってたかもしれない・・・ だけど今日は違う。今日は。 ぐいっ 「!」 「ごめん。」 「あ・・河内・・・」 「意地悪だったわ。あかん。だから・・泣かんといてくれや。」 「泣いてなんか・・・」 河内は東の腕をつかんで前から引き寄せた。肩に腕を回してくれた。 東には制服の色が見えた。 「はい。河内買ってきたんじゃ。」 「ああ。ありがとさん。」 東は渡された1000円でジュースを買ってきた。 「まあ座っとくれや。東くん。はあー考えるのも疲れるわな。」 「ん?河内何を考えてたんじゃ?」 じと〜「・・・・」「何じゃ?」 「ならお前は何考えてパン作ってるんや?」 「えっ?! ・・・・それは・・河内のことじゃ。河内いつも一番に俺のパン食べてくれる じゃろ。だから河内のことなんじゃ。」 「・・・なんやねんそれは・・・」 「俺も河内の作ったパンが食べたいんじゃ・・・」 「・・・・・・・なんやねんそれは・・・;;」 「河内さんと東さん、まだ帰ってこないのですが大丈夫でしょうか。」 「じゃねぇの」 そろそろ夕方の帰宅ラッシュの時間。 急に二人の職人にいなくなられて店はてんてこ舞いだった。 「もう店長!今日はひどすぎです。私の目からもそんなに悪くは見えなかった ですのに、東さんにもビックリさせちゃったではないですか。」 「いいんだよ。わざと見せたんだから。」 「は?」 ずい分と長い時間を過ごしてしまった。 このままでは店へ着く頃には日は暮れるだろう。 「河内今日は部屋に帰って来てな。月乃とばっかり。俺も河内と一緒に寝たいんじゃ。」 「ぶっ!! ・・・あっあんなあ〜ワイは遊んでるとちゃうやで;;」 「・・・まあ、夜中遅くなってもええんか?」 「うん。」 「1時、2時でもか?・・・」 「うん!」 東は河内の隣を話しながら歩いた。 顔があついのがわかる。胸もぎゅうぎゅういってる。 やっぱり、河内がいい。河内がいい! 月乃より、店長よりも。 『はは、東はええ子なんやな。』 と、言ってくれたから。 ・・・・へへ・・・・ ・・・・思わず顔がにやけた・・・・ おわり

★ちょっと不完全燃焼チックな感じは自分でもわかります;(´〜`;)
ただ、二人のやりとりが書きたかったというか、お兄さんチック河内を書きたかったのです。
トサカ河内は「おじさん未満、成人以上」っぽいので;
また、頑張ってきます。